逆鱗
「お前、人の気も知らないで! 恋が人を成長させる? 余計なお世話だ! どうして俺が、ロクに喋ったことも無い、知らねー女と恋人にならなきゃいけねーんだよ! 絶対に嫌だ! だいたい、高山さんとやらにも迷惑かけるだろ、それ!」
一通りムニエルの言葉を聞いた関原が、こめかみにビキビキと青筋を浮かせて吠える。
多少、怒りっぽいところのある関原だが、本気の怒りとなれば別格だろう。
ムニエルは、瞳に強い怒りの情を浮かべる関原に怖気づいたが、それでも負けじと口を開いた。
「ですが、高山さんは涼君に良い印象を抱いているようです。彼女は、涼君と付き合うことができれば、喜ぶかもしれませんよ。よろしければ、私が高山さんの性格をお調べ……」
「おまっ! ふざけんなよ! 何を一人で勝手に……ほんと、本当に人の気も知らないで! 大体、お前は俺が高山さんとやらとくっついても……平気なんだろうな! クソッ! お前が持って来た中で、久々に最悪な提案だ。マジで!!」
よりにもよって、恋をしている女性が積極的に他の女性と付き合うよう勧めてくるというのが最悪でならない。
関原は悪態をついて、それからガシガシと頭を掻きむしった。
「お前さ、お前、マジでさ、なんで、なんで……!」
剥き出しの感情がグルグルと唸りを上げる。
矛先はもちろん、ムニエルへ向いていた。
「先ほども話した通り、恋は人を成長させるからです。チャンスがあるなら、追わなければ」
ムニエルらしからぬ、固い口調で言う。
関原がギロリとムニエルの澄まし顔を睨んだ。
「何のチャンスだよ」
「涼君が精神的に独り立ちできるようになるかもしれない、チャンスです。肉体の方は申し分ないので」
「そうかよ。でも、俺、前に言ったよな。自立したくないって。いつまでも、お前と一緒にいたいって」
「おっしゃってましたね。ですが、駄目ですよ。涼君には絶対に自立してもらいます」
冷たい白銀の瞳と激情に駆られる黒の瞳が交差する。
互いに一歩も譲ることのない視線に、先に諦め、舌打ちをしたのは関原だった。
「そんなにしてほしいなら、自立してやるよ」
しばし黙り込んだ後、ハッキリと関原が言葉を出す。
俯く彼を見つめていたムニエルが、驚いたように、その顔を覗き込んだ。
「本当ですか?」
疑惑を超えに乗せながら問いかけると、関原は確かに「ああ」と、頷いた。
「自立して欲しいなら、してやる。でもな、それには一つ、条件がある。お前の協力だって必要だ」
「私の協力?」
コテンと首を傾げるムニエルに近づき、関原はガシリと彼女の手を掴んだ。
「ムニエル、俺と恋人になってくれ」
怒りをはらみ続ける瞳は熱く煮えたぎっているが、どこか真剣な光をはらんでいて、真直ぐだ。
力強い視線にさらされて、ムニエルが「んぇ!?」と奇怪な声を上げた。




