花に埋もれた空
「ムニエル」
関原がポツリと独り言を言うようにムニエルの名を呼んで、彼女のすっかり冷たくなった手を引く。
「どうしました? 涼君。お外では私に声をかけてはいけないって、注意していたでしょう。こんなところで声をかけては、会社の人たちに変な子だって思われちゃいますよ」
すぐには切り替えられない感情のせいで、まだ表情が濁っていたから、ムニエルは関原の方を振り返らないまま、優しく困ったような声を出した。
幸い、言葉は震えていなかった。
別段、彼女の行動や言葉に違和感を覚えていない関原が、苦く笑って頬を掻く。
「こんなところって言っても、周りに人の気配なんてないぞ。だから、別に良いだろ。ちょっとくらい話しかけたって。それより、見てみろよ。ムニエルが言った通り、満開の桜が綺麗だな。空を見上げるとさ、雲がそっくりそのまま、花の塊に置き換わったみたいだ。桃色っぽい白ってさ、水色に映えるんだな」
空を見上げる関原の瞳は、満天の星空のようにキラキラと輝いている。
ほんの少し上気した頬も、空を見上げ続けて、それから思い出したようにムニエルの表情を確認して共感を求めてくる浮かれた姿も、何もかもが愛おしくて、ムニエルの歪んだ口元にも自然と頬笑みが浮かんでいた。
関原と一緒に、美しい花の空を見上げる。
美しさに息をのんで、幸せをかみしめて、関原の手をギュッと強く握り返した。
心の中をゆったりとした温かさで満たした。
だが、それと同時に、ムニエルは強い喪失感と後悔で心臓を冷やしていた。
関原に声をかけられて、こっそり辺りを見回した時に、ようやく、ムニエルは彼を高山とは遠くはなれた場所へいざなっていたことに気が付いたのだ。
高山の所へ関原を連れて行こうと思いながら、また、彼女の場所を把握しておきながら、ムニエルは彼を高山とは全く関係のない場所まで案内していた。
関原を誘う口実に使った通り、満開の桜に包まれた小道にやってくることができたのは、ただの偶然だった。
『考え事をしていて気が付かなかった、というのは言い訳になりませんね。私は確かに、涼君を高山さんに近づけたくないと思ってしまったのですから。無意識にでも、何でも、願いを実行してしまったのですから』
ムニエルは、ほんとに小さく、感嘆のため息でも漏らすかのように息を吐きだした。
すると、関原がギュッとムニエルの手を引いて彼女を自身の腕の中に抱き寄せた。




