軽くて重い説教
「うわっ! 何するんすか、吾妻さん。そういうの、今のご時世じゃハラスメントっすからね」
反射的にキュッと後ろに身を引き、小突かれた肩を押さえる里中が、軽く吾妻を睨む。
すると、吾妻は呆れたような、拍子抜けしたような表情になって苦笑いを浮かべた。
「何だ、こんなじゃれ合うのでもハラスメントか。なかなか大変なもんだな」
「吾妻さんはじゃれたつもりでも、相手はどう思ってるか分からないっすからね。俺が相手じゃなかったら問題になってたかもしれないっすから、気を付けた方がいいっすよ」
ふふんとドヤ顔の里中は、本気で注意するというよりも揶揄った雰囲気で、クスクスと笑っている。
「何だよ。里中の言い方もまるで脅しだな。こりゃ、後輩からのハラスメントも考えてった方がいいかもな」
里中の意図を組んだ吾妻も少し緩んだ雰囲気で文句を言うと、それから軽く首を横に振った。
「ま、お前が関原に対して不満がいっぱいなのは分かったけどよ、でも、流石に言葉が過ぎるぞ」
「え~!? それはないですよ。だって、俺、ワクワクしながら入社して、そんで、素敵な女性の上司に優しく、時に厳しく指導してもらえたら~なんて、夢みてたんですよ。そしたら、実際に自分の面倒見てくれる先輩は不愛想な殺し屋もどきだったって……悪い冗談にもほどがありますよ。やる気なんて全部なくなっちゃいますって」
「いや、お前の夢はどうでもいい。というか、その程度のことでやる気をなくすな」
「吾妻さんまで、そんなこと言わないでくださいよ~。とにかく、俺はあの人、嫌なんですって! どうして大卒の俺が、あんな不愛想でロクに仕事もできない、高卒の何年か会社で働いてるだけの若造に指示を仰がなきゃいけないんすか!」
懲りない里中が、不満げな様子で鼻息荒く文句を吐き続ける。
すると、少し渋い表情の吾妻がペシッと軽く里中の後頭部を叩いた。
「明確にハラスメントなんすけど。パワハラ」
別に全くもって痛くはなかったが、余韻が残る程度には強く叩かれた衝撃に驚いたのだろう。
里中は一瞬だけ目を丸くすると、それから、ジトリと吾妻を睨みつけた。
吾妻がポリポリと自分の頬をかく。
「悪いな。俺は古い人間だからよ。お前のその物言い、明らかに他者を見下した『社会人としてあるまじきもの』だったから、ちょっと指導してやりたくなったんだ。『仕事ができない関原』の十分の一以下の働きもできない、アイツと似たような年齢の若いお前が、あんまり生意気なこと言うなよって。すまねぇな」
調子は軽いが的確に里中の図星を突く、重い説教だ。
真面目に叱られた里中は、バツが悪そうに目を逸らすと、
「まあ、吾妻さんが相手だから、今回だけ、ハラスメントで訴えるのはやめにしてやるっす」
とだけ、ポツリと呟いて俯いた。




