添い寝要求
『流石に、一緒にお風呂に入る! とまでは言いだしていませんが、なんか、時間の問題な気がしてきました。大丈夫ですよね!? 大丈夫ですよね!? そこまで幼児退行してしまったら、私、手の打ちようがありませんよ!?』
カチャカチャと皿を洗う手つきに乱れはないが、心はパニック状態で忙しなく思考を続けている。
『涼君が、お前を後悔させてやる! 俺は自立なんかしない!! って、激しく抵抗していることは、間違いなく問題なんです。問題なんですが、でも、本当に不味いのは……』
ムニエルは洗い物の最後に皿を一枚洗うと、それから噛まれた左手を見た。
ふやけた指先に触れると、甘噛みされた時の滑らかな歯の感触や熱い吐息が思い出されて、背中がゾクリと甘く震える。
心臓の奥が太い針で貫かれたように疼いて、ドクンと大きな音を立てた。
酷く興奮して、顔が真っ赤になった。
『やっぱり、おかしいです。涼君じゃなくて、多分、私がおかしい。どうしましょう。こんなことでは涼君に適切な指導をするどころか、まともなお世話をすることさえ、かなわないかもしれません。自分のことも涼君のことも分からないなんて、もう、本当に私はどうしたら……』
毎日、必ず一度は目を通している関原の本を開いて溜息を吐く。
関原に関連する出来事や感情などが羅列している本で、彼の心の成長と緩和されつつある孤独を象徴するように、少しずつ内容が豊かになっている。
現在進行形で追記されていく内容も、随分と増えた。
しかし、本人が本気で隠したがっている心の内は担当の天使ですら読めないようで、ムニエルに対する感情のいくつかが真っ黒く塗りつぶされていた。
『こんなに先が見えなくて不安なお世話、今回が初めてですよ』
すべき家事の無くなってしまったムニエルが、トボトボと関原の元へ向かう。
常夜灯のついた部屋の真ん中で布団を敷いて寝転がる関原は、ムニエルに気がつくと彼女の方を振り返って大きく欠伸をした。
「遅かったな。眠るとこだったぞ」
トロンと眠たそうな目を擦って言う。
ムニエルが困ったような苦笑いを浮かべた。
「寝てていいんですよ。睡眠は大切ですから」
「嫌だよ。俺は、お前が横にいないと寝れない。俺の健康を守るのも、ムニエルの大切な仕事の一つなんだろ」
関原は静かに布団を持ち上げると、自分の隣に小さな空間を作った。
「ほら、ムニエル。早く。まだ夜は寒いんだ。体が冷えて風邪をひく」
関原がポフポフと布団を叩いて催促する。
ムニエルは仕方なく、関原の隣に潜り込んだ。




