宣戦布告
「天使様も照れるんだな。キスされた時は顔色一つ変えなかったくせに」
「だって、舐められるのってすごく珍しいですし。照れたというか、驚いたんですよ」
「耳、こんなに真っ赤になってるのに、照れてなくて驚いたのか」
「そうですよ! ちょっと、何をわらってるんですか」
ムキになって怒るムニエルを見て、余裕な態度の関原が「別に?」とニヤつく。
ムニエルは「ふぅん」と言葉を漏らすと、眉根の皺を深くした。
「なあ、ムニエル、お前、かわいそうだな」
「かわいそう? 私が?」
「そうだ、お前がだ。お前は可哀想だよ。俺みたいなのを選んじまってさ。俺はムニエルが好んだ子供みたいに成長しない。もう、大人だからな。大人なのに、まともに愛された記憶も無く、酷い寂しさを抱えたまま捻くれて育ちきった、どうしようもない大人だ。俺に伸びしろなんてねえ。多分だけど、アダルトチルドレンとかってやつだな。少なくとも、性格のねじくれた社会不適合者だ。だから、孤独から脱却なんて出来ない。社会にも馴染めない。死ぬまで『このまま』だ。だからムニエルは一生、俺が死ぬまでずっと、俺に囚われる。可哀想だろ。いくら寿命の無い天使様だからって、何十年も一人の人間のとこに括りつけられてさ、無駄な仕事させられ続けたら。エリートの名にも傷がついちまう」
ムニエルを憐れみながら滔々と言葉を重ねる関原は、酷く嬉しそうだ。
これに対し、ムニエルは悲しそうに眉を下げた。
「そんなに落ち込まないでください、涼君。涼君は成長しますよ、絶対に! さっきも話したでしょう? 天使には対象者に対して好みがあるって。私は成長する子供が大好きですから、涼君は絶対、成長します」
「そんなの分かんねえだろ」
「分かりますよ。だって、これまで、ずっとそうでしたから。『僕、ムニエル姉ちゃんとずっと一緒にいる!』って宣言した大地君も、花ちゃんも、みんな、成長できたんですから!」
「だから、俺は確かに精神的に大人っぽくないとこもあるけど、年齢とか、ひねくれ続けた時期とか、個人的な意思とか、そういうののせいで成長しない! できない! お前が見てきたガキどもとは違うって言ってんだよ! 分かんねー奴だな!」
「分かりますよ。絶対、絶対に大丈夫です! そんなに不安がらなくても、涼君はちゃんと、立派な青年になれます!」
ガリガリと頭を掻いて苛立つ関原をムニエルは一生懸命、励まし続けている。
行き違いの激しい彼女の態度が癪で、関原はますます怒りを募らせた。
「お前、俺が自立したがってるって、本気で思ってんの?」
「思ってないんですか?」
「思ってない」
キッパリ言ってやれば、ムニエルは信じられないとでも言いたげに両目を大きく見開いた。
「え!? だって、少し前まで、私に早く出てって欲しいって。それって、早く自立したいってことですよね!?」
「そうだったけど、気が変わった。俺はお前のことが……そんなに嫌いじゃないって分かったんだ。家事とかやってくれる奴を逃がすのも惜しいし、俺は、できる限りお前と一緒にいたい。それこそ、くたばるまでな」
「いや、手伝ってあげますから、家事は自分でできるようになりましょう。孤独は良くないですけど、適度な『一人』は楽しいですよ。気も楽ですし、充実感だってありますよ。自立、しましょう?」
「嫌だ」
呆れた様子で言葉を出すムニエルに対し、関原が頑なに首を横に振る。
「嫌って、そんな」
困ったように眉を下げるムニエルを見て関原は機嫌を戻し、好戦的に口角を上げた。
「なあ、ムニエル。俺さ、お前のこと必ず後悔させてやるよ。いくら子供みたいに見えたとしても、絶対に成人男性には手を出すんじゃなかったって、子どもだと思って面倒見てやろうだなんて思うんじゃなかったって、心の底から後悔させてやる。だから、せいぜい覚悟しとけよ」
睨むように真剣な黒の眼差しが、シッカリとムニエルを捉える。
ムニエルはただ、苦笑いすることしかできなかった。




