一瞬の愛
「お前さ、情に脆いよな」
「情に脆い? まあ、天使の中では感情豊かな方なので、そうかもしれませんね」
「脆いだろ。映画でボロボロ泣くし、ニュースで子どもの事件見ても悲しそうにしんみりしてるし。それでさ、ムニエルって天使の仕事で早くて一、二年、長ければ五、六年かかるんだろ。本当に、本当の本当に子供に対して情とかわかねーの?」
「何を言ってるんですか。そりゃあ、湧きますよ。だからこそ、一生懸命お世話をするわけですし」
訝しげな表情で質問を口にする関原に対し、ムニエルが心外だ! とでも言いたげな様子で言葉を返す。
しかし、彼女の言葉を聞いても関原の表情は曇ったままだった。
「だって、忘れられても寂しくねーんだろ? 離れても平気だって。お前ほど情に熱くて、自分の子供みたいに可愛がってるガキなら、別れるの辛いだろ。一生、面倒みててやりたいとか思わねーのかよ」
「それは、思いませんね」
「やっぱり! なんでだよ」
酷く驚いた様子で目を丸くする関原を、ムニエルは静かで美しい瞳で見つめ返した。
白銀のそれが、関原には冷たい氷の塊のように見えた。
「涼君、子どもはね、絶対にいつか成長するんです。大人になるんです。確かに、涼君に説明した時みたいに、子供たちにいずれ自分がいなくなることを話すと、大体みんな泣きますよ。行かないで! って言ってくれます。でもね、子どもの中の嬉しかった記憶や無条件に愛された記憶って、一瞬なんです。仕事が終わったら私たちは対象者のために天使との記憶は消去しますが、そんなことするまでもなく、きっと子供たちは私のことなんて忘れちゃいます。だって、子どもたちはこれから、もっとたくさん色んなこと経験して、多くの記憶を持たなきゃいけなくなるんですから。なんでも持ち込んで大人にはなれないんです。だから、一瞬です。私が仮に消えないでって願っても、絶対にね、皆の記憶は消えちゃうんです。皆、私のことなんか忘れちゃうんです」
「そんなこと……」
口を挟もうとする関原に対してムニエルは一度だけ首を横に振って、彼の言葉を制止した。
「ありますよ。でも、良いんです。甘くて優しいだけの記憶から脱却すること、それは自立のためにも必要なことでもありますから。前にも言いましたっけ? 記憶では忘れても心は覚えているって。無条件に愛されたこと、それを対象者が心の奥底が覚えていれば十分なんです。表面に記憶はなくても良い。深いところだけで十分なんですよ。それだけで、その子はどんな困難にも立ち向かえる強い子になりますから」
ムニエルの瞳は強くて優しい慈愛に満ちている。
声には確固たる自信が溢れており、言葉はまるで聞く者の背を押し、真直ぐ未来へ導くようだった。
太陽の光で目がくらんだ時のように、関原の瞳がキュッと細まって眉間に皺が寄る。
ムニエルから斜め下のテーブルへ、スッと視線を移す関原は悔しそうに唇を噛んでいた。




