鮭のムニエル
「そうですよ。私の名前は、まさに鮭のムニエルから来ています」
「へぇ。まあ、お前、食べるの好きだもんな。鮭のムニエル、好物なのか? 好きすぎて、自分の名前にしちまったのか」
少し呆れた様子で問いかける関原に、急にムニエルが神妙な顔つきになって、
「食べるのが好き……」
と、呟いたきり固まる。
関原が不思議そうに首を傾げた。
「ん? どうした? 食べるの好きだろ。現に今もメシ食おうとしてるわけだし。本来、天使には必要ねぇ食事をとろうとしてる時点で、そういうことじゃねーのか?」
「そう、かもしれませんね。でも、私は別に、鮭のムニエルが大好きなわけではありませんよ」
「そうなのか? じゃあ、どうしてムニエルなんて名前に?」
「鮭のムニエルには、ちょっとした思い出があるからですよ。可愛い思い出がね」
ニコニコっと笑むムニエルは、柔らかな眼差しに懐かしさを灯らせた。
ムニエル曰く、初めて人間と作った料理が鮭のムニエルなのだという。
なんでも、小学校の授業の一環で保護者と料理を作り、その写真を学校に提出しなければならなくなった子供が、
「僕の母さんが一緒に料理なんかしてくれるわけない! 天使のお姉ちゃん、僕と一緒にご飯を作ってよ!」
と、お願いしてきたので、ムニエルはその子と一緒に鮭のムニエルを作ったらしい。
「かわいかったんですよ。少し成長した手つきで一生懸命に鮭を焼いて、頑張って綺麗に盛り付けて。一緒に味見もしたんです。美味しいねって笑い合って、あの子、自分だってお腹ペコペコだったでしょうに、『ムニエル姉ちゃん、先に食べて!』って、ご飯を盛り付けてくれたんですよ。その時の思い出があんまりにも楽しくて、愛おしかったから、私は自分の名前をムニエルにしたんです」
「そっか。それなら、そん時に食べたムニエルは何よりも美味かっただろ」
「ええ、とっても。ねえ、涼君、私のムニエル半分あげますから、涼君のムニエルを一口くれませんか」
モグモグと口を動かしていたムニエルが、急に自分の分を半分に切り分け、それから恥ずかしそうに関原と彼の皿を見た。
モジモジとしながら相手の食事を強請るムニエルに対し、関原が不思議そうな表情になってチラリと彼女の顔を見る。
「何だ? 急に。別に一口分くらい、ただでやるよ」
「ありがとうございます」
ムニエルは自身の皿の隅っこに乗せられた一口分の鮭を頬張ると、「美味しい!」と目を輝かせた。
「自画自賛だな。まあ、実際、ムニエルの手料理は美味いけどよ」
モシャッと鮭を頬張る関原が苦笑いを浮かべる。
その対面でムニエルは嬉しそうに咀嚼を繰り返しながら、ひっそりと首を傾げていた。




