一つ増えた日々の癒し
段々と春も近づいて日中の日差しは温かくなったが、それでも夜になると気温は低く、風も異様に冷たくなる。
相変わらず関原は職場で一人きり、鬱憤を溜めながら仕事をしており、朝は憂鬱そうに出かけて行くが、それでも変わったことが一つある。
それが、帰宅を楽しみにするようになったことだ。
関原は足早に自宅に帰ると、ムニエルが温めておいた部屋の中でホッと息を吐いた。
「おかえりなさい、涼君」
いつもの上等なエプロンを身に着けたムニエルが、ヒョコッと台所から顔を覗かせてニコニコ笑う。
ムニエルの顔を見ると、関原は知らず知らずの内に心の奥底が温まるような安心した気持ちになって、彼にしては随分と朗らかに「ただいま」と返事をした。
そのままモソモソと着替えをしていると、ふと、バターの良い香りが鼻先まで届いてきて、淡かった関原の食欲が大きく跳ね上がる。
「なあ、ムニエル、今日の晩メシはなんだ?」
スマートフォン等を持っていないムニエルとは、基本的に自宅でしか会話することができない。
そのため、関原は自宅に帰ってきてから直接、彼女に食事のメニューを教えてもらうのが楽しみだった。
帰宅直後、雑談も何も無く、いきなり食事の内容を問う関原の行動は、人によっては怒りそうなものだが、ムニエルは特に気分を害した様子もなくニコリと微笑むと、
「お腹が空いたんですか? 健全に食欲を感じられるのは良い事ですね。今日の晩御飯は鮭のムニエルですよ。出来るだけホカホカな内に食べてくださいね」
と、楽しそうに食事の内容を教えてくれた。
「分かった。メシ、後は運ぶだけか? 手伝うよ」
「ありがとうございます。ふふ、同居人を気遣うとは、涼君も成長しましたね。良い子良い子、良い子良い子ですよ~」
ふわふわと穏やかな表情のムニエルがパタパタと翼をはためかせて宙に浮き、関原を上からギュッと抱きしめて頬にキスをする。
それを恥ずかしがって嫌がった関原が、
「そういうの良いから」
と、彼女を振り払うように頭を振ると、ムニエルは「ふふふ」と笑ったまま、床に降りて台所の方へ引っ込んで行った。
ムニエルが既に取り分けていた鮭のムニエルを二皿分、運んで、彼女がよそってくれたご飯とみそ汁もテーブルへと持っていく。
何も乗っていなかったテーブルの上に、あっという間に二人分の食事が並んだ。
関原は温かな食事を見て、それから対面に座るムニエルのことも見る。
「美味そうだな。それにしても、ムニエルがムニエルを……なあ、ムニエル、お前の名前って鮭のムニエルとなんか関連性あるのか?」
食事の名前を人名に使うなど、まるで冗談のような話だが、「ムニエル」と言えば料理のムニエルくらいしか思いつかない。
半信半疑で問いかけると、ムニエルはあっさり頷いた。




