根負け
「今、涼君は天界の食材を使ったご飯を食べているでしょう? 私が涼君の側にいられる間は、これでいいんです。でも、いずれ涼君は孤独を脱却して、社会の中で仲間を見つけながら自分の力で生活していくようになります。それなのに一人じゃ満足にご飯も作れなかったり、あまつさえ、買い出しにすらいけなかったりするようじゃ困ってしまいます。だから、今回は涼君が一人の生活に戻っても大丈夫なようにするために、物の買い方を覚えてもらうんです」
ピンと指を一本立てて言い聞かせてくるムニエルに関原がうんざりとため息を吐く。
「メシの買い方くらい、分かってるよ。俺のこと、何歳だと思ってるんだ。俺はお前が面倒見てきたような幼児じゃねえ」
「本当ですか? それなら、私が消えた瞬間、前みたいに夕食をお酒だけにしたりしなくなりませんか? 朝ごはん、何も食べないとか、お昼買い忘れちゃって水だけ飲むなんてのも無しですよ。不健康すぎます」
「それは……別に良いだろ。お前は俺の孤独を緩和するためにきたんだから、多少、生活のリズムが崩れてたって、孤独じゃなくなればいいんだろ。だったら、俺の暮らしについては口出す必要ないだろ。放っておけよ」
ガリガリと寝癖だらけの頭を掻き、敵対心を剥き出しにムニエルを睨みつける。
しかし、ムニエルは関原の威嚇に臆することないまま、シッカリ彼を見つめ返すと、キッチリ首を横に振った。
「駄目です。悪い生活リズムは肉体に悪影響を及ぼすだけでなく、精神的な健康にも悪さをするようになるんですよ。気分を落ち込ませたり、鬱っぽくさせたり……下向きになった心では、皆に嫌われてるんじゃないかな? とか、辛い、苦しいって心ばっかりになって、孤独を増幅させます。そしたら、せっかく一度は孤独を脱却しても再発するようになっちゃって、また、私や他の誰かが涼君の元へ派遣されることになっちゃいます。そんなの、二度手間でしょう? 涼君だって、ちょっと落ち込んだ瞬間に天使が来ちゃう生活は嫌でしょう? 肉体の健康と心の健康は一心同体! 涼君には、キチンと自立できる状態になってもらわないと!」
フン! とガッツポーズをとって張り切るムニエルに対し、関原は一瞬、物言いたげに口を開いたが、やがて諦めたように首を横に振ると溜息を吐いた。
「分かった、分かったよ。出ればいいんだろ。ったく、面倒くせーな。それなら、サッサと行くぞ。さっさとスーパーでも何でも行って、後は寝るんだ」
「ふむ。帰ってきて、それからずっと寝るとなると一日の睡眠時間は……あらら。寝すぎも問題ですが、まあ、良いでしょう。今は、涼君が外に出ると決めたことが大事です。ありがとうございます、涼君! 早速、お着替えをしてヤマアラシスーパーに行きましょうか!」
満面の笑みを浮かべるムニエルが嬉しそうに関原の腕を引く。
関原はもう一度、嫌そうにため息を吐いた。




