訓練のお誘い
ムニエルの読んでいる本はもちろん、関原の心と繋がった特別なノートだ。
以前はパンフレット程度だった本も随分と成長して、今では文庫本の半分程度の厚さになっている。
これは、関原の心の成長や複雑さを現していて、本には現在進行形で生まれる感情等に加え、かつては向き合えず、理解できないでいた過去の心の葛藤なんかについても記載され始めている。
『ふむ、なるほど。私のことは相変わらず嫌っていて、今にも出て行ってほしいと思っている。けれど同時に淡い好意を抱き始めていて、私との生活をかけがえのない物に感じている。あらら、かわいらしいですね……ん? 嫌いだけれど好き? 矛盾していますね。どういう状態なのでしょうか。そういえば、過去に似たような状態になっていた子がいたような? 警戒心と安心感の狭間のような状態なのでしょうかね? まあ、今はこの件については放っておきますか。時期に心も変わるでしょうし。それより、精神的な健康度と肉体の様子は……』
本に書かれる内容は刻一刻と増えていて、その全てを読み、理解するにはそれ相応の時間を要するようになった。
しかし、ムニエルは全文を読むのは後回しにして、出勤前に新聞に目を通す会社員のごとく必要な情報のみを確認すると、それから静かに本を閉じた。
『前から思っていましたが、涼君は心の成長や回復速度が速いですね。まだまだ自立できる段階ではありませんが、それでもだいぶ良くなっています。そろそろ、訓練を始めてもいい頃でしょうか』
ムニエルがチラリと対面に座る関原の顔を覗き見る。
ちょうど食事を終えた彼は、面倒くさそうにムニエルを見つめ返していた。
「なんだよ」
「いえ、ただ……涼君、今日はお出かけに行きませんか?」
「お出かけ? どこに? 何をしに?」
口を尖らせ、酷く嫌そうに言葉を重ねる関原に、ムニエルが、
「ちょっと遠くのスーパーまでです」
と、ハッキリ述べる。
すると、ムニエルの言葉を聞いた瞬間、ムニエルは嫌そうに顔をしかめた。
「スーパー? なんで、わざわざそんなところに。しかも、ちょっと遠くってのも、わけ分かんねーし、近所のコンビニとかじゃ駄目なのかよ。俺、車出したくねーよ、運転もだるいし、クソ眠いし。いっつも馬鹿みたいに働かされてるんだから、休日くらいガッツリ寝させてくれよ」
ダルダルと文句を言い連ねる関原にムニエルはフルフルと首を横に振った。
「外出前と外出後にお昼寝をするくらいはいいですが、丸一日は駄目ですよ。今日は絶対に外出してもらいます。今回のお出かけは、涼君の自立を促すためのものなんですから」
「俺の自立?」
ますます訳が分からなさそうな表情になって、酷く面倒そうにムニエルを睨む関原に対し、彼女はコクリと頷いた。




