慣れ
ムニエルが来て、約三か月。
関原は初めの頃、ムニエルの存在する生活に戸惑いと苛立ちを覚えており、彼女との暮らしに慣れることは一生ないだろうと考えていた。
だが、人間とは大抵、強い環境適応能力を持っていて、真新しい生活も、すぐに日常化してしまうものだ。
相変わらずムニエルに対して敵対心のような気持ちを抱いている関原だが、同時に彼は彼女との暮らしに便利さと安心感を覚えて始めていた。
「おはようございます、涼君。今日はスクランブルエッグとベーコン、それに焼いた食パンとコーンスープを朝食にご用意しましたよ。さ、起きて食べましょう。最近の涼君は、ごはんを食べるの好きですもんね!」
朝からニコニコと微笑んで関原に声をかけるムニエルは、優しい匂いを漂わせている。
関原は眠たそうに垂れ下がる瞼を持ち上げてムニエルを見つめると、コクリと頷いて布団から這い出た。
「いつもの調子で起きちまったけど、今日は休日じゃねえか……あれ? 休日だよな? 休日出勤は先週したもんな? 今週はないもんな?」
食事の並べられた席に着き、スマートフォンの画面を見て曜日を確認する関原がムニャムニャと口を動かす。
少し焦り始める彼にムニエルがクスクスと笑って頷いた。
「大丈夫ですよ、涼君。今日はお休みです」
「そう、だよな。良かった。でも、それならこんな時間に起きることなかったな。寝直すか」
大きな欠伸をして席を立とうとする関原の腕をムニエルが掴んで止めた。
「寝るのはいいですが、ご飯を食べて、落ち着いてからにしましょう。涼君のお腹、何か食べたいよ~って泣いてますよ。可哀想です」
自身の腹を押さえ、悲しそうに眉根を寄せて幼い子供に言って聞かせるような言葉を出すムニエルに、関原は嫌そうに顔をしかめた。
「俺の腹が可哀想かどうかは、俺が決める」
舌打ちをして乱暴に立ち上がろうとした時、関原の腹の虫がクルルと可愛い鳴き声を上げた。
関原の耳が真っ赤に染まり、バツの悪くなった視線が彼女から逃げ出す。
「涼君、ご飯にしましょう?」
袖を引いてニコリと笑うムニエルに関原は何も言い返せず、ただ、コクリと頷くと座り直して食事を始めた。
そして、関原がモソモソと口を動かし、咀嚼を繰り返している間、対面に座るムニエルは一緒に食事をとるわけでもなく、あるいは彼にあれこれと話しかけるわけでもなく、一冊の本を開くと、黙々と中身を確認し始めた。




