懸念
「あたしさ、ムニエルが心配なんだよ。いつか、人間化しちゃうんじゃないかってさ。ほら、アイツ、天使のくせに天使らしくないだろ。いつまでも前の失敗を引きずって、落ち込んだりするとことか、誰かに励ましてもらったり、自分の感情に折り合いをつけたりしないと前胃に進めないとことか、なんか、だいぶ人間よりなんだよな」
「過去の対象者のことも、よく覚えていますしね。私たちなんか、対象者じゃなくなった瞬間、彼らとの記憶や感情が薄れていくのに」
「まあ、天使だからな。誰に何を言われずとも、万が一、人間なら死んでしまうような悪感情を抱いたって、すぐに対応できる。切り替えられる。一応、過去に考えたこととか、持った感情を覚えていることはできるんだけど、でも、それに引っ張られたりしない。鈍感で頑丈なのが天使だ。だけど……」
「ムニエルちゃんは違いますね。天使はあまり、他の天使を励ましたりしないものですが、ムニエルちゃんは『同情心』と『共感性』からか、よく他の天使にも声をかけていますし。それに、なまじ人に近いせいか、何故か私たちも彼女には声をかけてしまう」
「それなんだよな。天使って普通、同族には馬鹿みたいに淡白なのに、大好きな人間そっくりのムニエルには、なんか優しくしちゃうんだよな。あたしも、他の天使は大概、どうでもいいけど、ムニエル好きだよ。人間みたいな笑い方するし、泣くし、怒るし、反抗するし、寂しがるし、おまけに成長して変わりゆく存在だから、かわいくて仕方がない。まあ、これこそが正に人間の性質で、本来、天使は持ち得ないものなんだけれどな」
「加えて、人をよく救うエリート天使は必ず人間化するって、そんなジンクスもありますね。大体が的中していて、私がかわいがって面倒見ていたアレックス君も……」
「悲惨だったな、アレはさ」
ルーシィの静かな言葉にローテルもコクリと頷く。
二人は対象者に強い悪感情を抱いてしまったがために人間化し、酷い苦痛を味わい、その末に存在を消したアレックスに祈りをささげた。
「ま、正直、なるようにしかならないんだけれどな。私たちにできることと言えば、万が一、ムニエルが人間化しちゃった時に、一秒でも早くあの子を迎えに行ってやることだけだし」
黙とうを終えたルーシィが明るく笑う。
ローテルも静かに頷いた。
「そうですね。アレックス君の時は間に合いませんでしたから、もし、ムニエルちゃんがそうなってしまったら、その時は、速やかに迎えに行ってあげましょう。仮に間に合っても酷い苦痛は味わいますが、アレックス君よりはマシな目に合わせてあげられるはずですから」
天使は基本、互いに仲間意識を覚えないが、人間の為なら協力することができる。
二人は人間に近い存在であるムニエルのために、将来、力を合わせることを約束して、小指を重ね合わせた。
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