夢も見ずに眠って
パチンと硬い物音音が聞こえる。
布団に潜り込んでいる関係で既に関原の視界は真っ暗だったが、弾けるような音でムニエルが部屋の明かりを消したことを察せられた。
シュルリと布団と衣服がこすれる音がする。
持ち上げられた毛布の隙間から冷たい風が入り込んで、小さな息遣いが耳元に届いたから、中にムニエルが滑り込んできたことも察せられた。
関原は、無言でムニエルの柔い体を押し返した。
「あっち、行けって」
明確な拒絶を無視してムニエルが自分を抱き締めてきたから、関原が泣き腫らしてボロボロになった喉を震わせ、固い声を出す。
しかし、関原が嫌がれば嫌がった分だけ、ムニエルはギュッと彼の体を抱き締めた。
「しば吉の件、すみませんでした」
苦しそうに上下し、震える関原の背を何度も丁寧に撫でるムニエルがポツリと謝る。
「何がだよ」
関原が静かに唸った。
「本が、更新されたんです。涼君、酷く傷ついたって。すみませんでした」
どこかに仕舞ったのか、ムニエルはもう、しば吉を持っていなかった。
代わりに、関原の本を大切そうに傍らに置いて、後ろから彼の頭にキスをした。
「謝意があるなら、放っておいてくれ」
ムニエルを力強く追い払う気力はなかったが、それでも彼女が自分のご機嫌取りをしてくるのが不愉快で、関原は寝返りを打つように大きく体を揺らした。
しかし、ムニエルはやっぱり関原の拒絶を無視して、彼の大きく成長しただけの背中に引っ付いている。
「なあ、頼むから、向こうに行けよ。気色悪いんだよ。不愉快なんだ。吐きそうになるんだよ、お前が近くにいると」
言葉と共に感情が零れて、止まりかけの涙がボロッと溢れ出す。
それを関原が悔しそうに拭っていると、ムニエルが彼の対面に回ってグシャグシャに濡れた頭を自身の豊かな胸に押し込んだ。
「平気、平気ですよ」
ムニエルが撫でた分だけ、関原が頭を横に振る。
「大丈夫です。貴方を寝かしつけたら、私は向こうへ行きますから。貴方とは離れた場所で、夜を明かします。だから、今は眠ってください」
天使は対象者の心と体を健全な状態に保つために、相手を強制的に眠らせることができる。
関原は既に泣き疲れていて、油断すれば、すぐにでも眠ってしまいそうな状態だったから気がつけなかったが、ムニエルはキスや触れ合いを通して何度も彼に力を行使していた。
おかげで、あんなにも興奮し、反抗していた関原は、数分後にはムニエルの胸の中でスヤスヤと健やかな寝息を立てていた。
「貴方は私の対象者。貴方を一目見た時に、絶対に救ってみせると決めたのに、笑わせてあげたかったのに、こんなに泣かせてしまってごめんなさい」
ムニエルが愛おしさと悲哀の混じった瞳で泣き痕の多く残る関原の顔を見つめ、優しく頬を撫でた。
それをくすぐったがった関原がゴロンと寝返りを打ち、彼女に背を向ける。
「約束でしたものね。分かっていますよ。きちんと貴方から離れます。おやすみなさい、涼君。朝までぐっすり、夢も見ずに心を休めることができますように。明日の貴方は、今日よりもたくさん、笑っていますように」
ムニエルは関原にキスや抱擁をするか迷って、結局、何もせずに彼の布団を抜け出した。
そして、彼の体全体に光の粒を振りかけると、ムニエルは大きな魔法陣を通じて天界へ戻って行った。




