しば吉
眠たくて、関原が布団で横になるか迷っていると、ムニエルが後ろ手に何かを隠しながら彼の元へやってくる。
「なんだよ」
「いえ、ただ、見せたいものがあって」
「見せたいもの?」
首を傾げる関原に、ムニエルが背中に隠していたぬいぐるみを見せる。
全長、三十センチメートル程度。
子供が持つには大きいが、大人が持てば、せいぜい一抱えといったところのぬいぐるみは、犬をかたどった品だ。
犬種は柴犬で、つぶらな丸い瞳と小さく開いたアホっぽい口元、チロリと覗く舌にクルリと巻かれた尻尾が愛らしい。
劣化が激しく、酷く古びているが、それでもムニエルが一生懸命に洗って綿を詰め替えた影響で、ぬいぐるみは新品同様とまでは言えないものの、随分と可愛さと清潔さを取り戻していた。
ぬいぐるみを見た関原の目が、まん丸く、大きく開かれる。
「今日、掃除した時に見つけたんです。クローゼットの奥底に仕舞われていたんですよ。小さい頃の涼君は、この子が大好きだったみたいですから」
絶句する関原に、ムニエルがニコニコとぬいぐるみを手渡す。
しかし、関原はぬいぐるみを受け取らずに、無言でムニエルへ押し返した。
「あれ? 要らないんですか? しば吉。涼君はこの子が大好きで、遊ぶ時も、眠る時も、寂しくて泣いちゃう夜も、いつでも一緒だったのに」
小首を傾げるムニエルに、関原は一瞬だけ泣きそうに顔を歪めて、それからフルフルと首を横に振った。
「忘れた」
「そうなんですか? でも、いっぱい物を捨てちゃう涼君が、この子だけは大切に持っていたみたいだから、大切な物なのかと思ったのですが」
「知ったような口をきくな」
「そうは言われても、涼君の本は嘘をつきませんから。今でも、この子は大切なんですよね?」
ムニエルが関原の目の前で彼の本を取り出して、パラパラとめくってみせる。
中身を関原に見せることはなかったが、ぬいぐるみに対する何らかの感情がそこに載せられていることは明白だった。
「うるさい。ソレは、ただ捨て忘れて、引っ越しの荷物に入ってただけだ。今日の今日まで存在を忘れてた。俺には、いらない」
「いらない……それなら、捨ててしまってもいいんですか?」
問いかけた瞬間、ずっと顔を背けていた関原が血相を変えてムニエルの方を向き、マジマジと彼女を見つめた。
ムニエルの正気を疑うような、強くショックを受けたような、酷い表情だった。
関原の態度を見たムニエルが柔らかく目尻を下げる。
「やっぱり、この子は涼君にとって大切なんですね。それなら、いらないなんて言わないで、ちゃんと取っておいてあげましょう」
ムニエルは、そっと関原にぬいぐるみを手渡した。
関原は今度はぬいぐるみを受け取って、それから、茫然とぬいぐるみを見つめていた。
犬の名前、「しば太郎」と「しば吉」と「しば助」で迷いました。
妹に相談したら鼻で笑われました。