温かな家
気だるそうに欠伸をする関原の目の前には空の食器が転がっている。
警戒心と時間的余裕の無さから昼食は丸々残した関原だったが、テーブルに並べられた美味しそうな料理の数々や長時間の空腹に耐えきれなくなり、彼は残すことなく夕食を平らげたのだ。
『アイツからの圧も、メシを食っちまった原因だな。ったく、人のことをジロジロ見やがって、気持ちわりぃ。監視されてるみたいで不快なんだよ』
箸を止めると「あ~ん」と食事をねじ込もうとしてきて、それを拒否すれば、
「もしかして涼君、体の調子が悪いんですか? ゼリーでも用意しましょうか? それともお粥? スープ?」
と首を傾げてきていたムニエルに辟易とする。
対面で座っている彼女をチラリとみると、目が合った。
「どうしましたか? 涼君」
「いや、何でもない」
関原が不機嫌に目線を床へ落す。
ムニエルは優しく微笑んで、テーブルに乗っかった関原の手を包み込んだ。
「先ほども説明したように、涼君に用意した食事は全部、天界から取り寄せた食材で出来ています。食材の品質は人間界に流通している物と一緒で、体に何ら害を与えるものではありません。私のご飯は怖くない、怖くないですよ~」
あやすような口調が自分を小馬鹿にしているように思えてならない。
関原は「分かってる」とだけ言うと、それきり口をつぐんだ。
『あ~、ムカつく! 酒のみて~!!』
飲酒を習慣にしているからか、何も無くても取り敢えず酒を飲んでおきたい関原だ。
仕事など既に積み重なっていた日々のストレスに加え、ムニエルとのやり取りにも強い疲労や憤りを覚えていたから、酒を飲みたくて堪らなくなった。
ガリガリと頭を掻いて席を立ち、鞄の横に転がしておいたレジ袋の元へ向かう。
それから、関原はロングの缶チューハイを一本だけ取り出すとプルタブを開け、中身を一気に飲みほした。
大きく動く喉をムニエルが心配そうに見つめる。
「飲んでもいいですが、お酒は一日、二本までにしましょうね」
「うるせぇ」
関原はボソッと毒を吐いて二本目を煽った。
しかし、既に胃に入っていた食事のせいで想像以上に酒が進まず、関原は缶の半分を残す羽目になった。
『クソッ! 飲み干してやるつもりだったのに』
普段は空腹時に一気に酒を煽っているから、アルコールの回りも早くなって酷く酔うが、今日は食後に飲んでいるからか、普段に比べて全くと言っていいほど酔えない。
不快な気分も緩和できないし、何となく飲み続けて、よく分からない内に眠りこけることもできそうにない。
加えて、酒を残した自分を、ムニエルが「いい子、いい子~」とほめちぎってくるのも不愉快だった。
『お前の為じゃねーよ。ただ、飲み切れなかっただけだ! ムカつく、ムカつくのに、なんか眠くて、変に温かくて、余計にムカつく』
酒で胃の底が熱くなるのとは、また違った、優しい温かさが腹から全身へとじんわり広がっていく。
これが癒しなのだということを関原は自覚していて、それが余計に彼を苛立たせた。
『家も馬鹿みたいに綺麗で、落ち着かなかったはずなのに』
普段の暗く汚い自宅に比べ、今の自宅は別物だ。
ザラザラとしていた埃まみれのフローリングはツヤツヤに輝いているし、照明も普段よりずっと明るい。
飼い主に強制的に小屋を掃除されたハムスターのごとく、妙に小綺麗になった部屋の中で関原は身を縮め、ソワソワ、モジモジとしていたのだが、それでも帰宅から一時間が経つ頃には今の部屋に慣れてしまった。
部屋の美しさが、関原の目には好ましく映ってしまった。
安全に満ちた居住で健全に食欲が満たされ、関原は反抗したい心とは裏腹に強い安心感を覚え始めていたのだ。
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