未遂の錠剤
ムニエルが錠剤の箱を一つ、手に取る。
手軽に購入できる市販薬であり、酷い風邪の味方であるソレが、関原の家には計、二十箱もあった。
『お薬なんて、そんなにいっぺんに無くなる物でもないのに、何日もかけて、薬局をはしごしてまで買いためて、涼君はどうしちゃったんでしょうね。なんて……本当は知っていますよ。市販薬の過量摂取、オーバードーズの為でしょう』
昨晩、関原の胸から取り出した彼の本は今もムニエルの手元にあるのだが、そこには市販薬の購入目的までシッカリと書かれていた。
生活で嫌なことがあるたび、あるいは酒を飲んで酔うたび、チラチラと市販薬の入っていた棚を見ていたことも、何度も箱を開けようとして、取りやめていたことも、SNSで体験談を眺めていたことも、本にはハッキリと書かれていたのだ。
『孤独対策課として、オーバードーズについても何個か講習を受けましたが、実際に目の当たりにすると非常に悲しくなるものです。涼君、コレをすると、どうなるか分かりますか? 最終的には、死んでしまうかもしれないんですよ。かわいい、かわいい涼君が、死んじゃうんですよ』
ムニエルの脳裏に、講習で確認したオーバードーズ経験者の姿がよぎる。
薬を大量に飲み込んで昏睡状態に陥ったり、幻覚を見たりしていたのは非行少年だけではなく、健全そうな高校生や、ごく普通の主婦、会社員なんかもいた。
『全体的な傾向はあるようですが、それでも飲んでしまう年齢層、性別、職業等は様々。そして、飲んでしまう理由も、人によって様々なんですってね。死にたい人、消えたい人。悩みで苦しんでいる人。ただ、漠然とつらい人。そして、皆さんに共通しているのは、孤独であること、だそうです。涼君は、どうして飲みたくなったんでしょうね。そこまでは、本人が理解しきれていない本人のことは、本にも書かれていませんから、私にはさっぱり分かりません』
関原の下に来る前、ムニエルは天界から彼の姿を眺めていた。
黙々と通勤して、誰ともまともに会話せず叱責だけされながら仕事をこなす。
くたびれた身体を引きずって家に帰ってきて、真っ暗い部屋の中、一人きりで酒を煽る。
気絶するようにテーブルに突っ伏す後ろ姿が酷く小さく見えて、毛布の中で縮こまって泣きながら眠っている子供の姿と重なった。
関原が薬に手を伸ばしそうになるのを見ると、寂しくて、誰かに構ってほしくて、保育園の隅っこで、わざと何度も転んでいた子供の姿を思い出して、いてもたってもいられなくなった。
ムニエルは、どうしても関原が苦しい目に遭っているのが嫌で、救いたくなって、彼の顔じゅうに純真無垢な笑みが浮かぶのを見たくなって、天界から彼の元へとやってきたのだ。
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