【後日談6-10 】安心した眠り
カフェを出る頃には、もう、大分いい時間で辺りも暗くなり始めている。
関原とムニエルは、手を繋ぐと、今度はまっすぐ帰宅した。
「おうちに着くと、どっと疲れがやってきますね」
リビング兼、関原の部屋でペタンと座り込むムニエルが、少しだけ疲れた表情で関原の顔を見て、笑みを浮かべる。
関原もコクリと頷き返すと、そのまま、ムニエルに覆い被さるようにして彼女に抱きついた。
「キャッ! 涼君!」
驚いたムニエルが、可愛らしい悲鳴を上げて、フローリングの上に倒れ込む。
後頭部は関原の腕にしっかりとガードされていて、無事だが、代わりに、しっかりと抱き込まれているので四肢の自由を失っていた。
「ちょっと、涼君、スケベさんですよ~!」
モゾモゾと動く関原が、ムニエルの体をまさぐるように触れ、彼女の豊かな胸に顔を埋め込む。
ムニエルは、胸元に触れると息が少しだけくすぐったくて、急に甘えてくる関原がかわいくて、はしゃいだような声を上げた。
ギュッと関原の頭を抱き締めれば、彼はムニエルの胸元で緩く頭を振る。
「疲れた。なんか、分からないけど、すごく消耗した」
寝落ち寸前の子供のような声で、関原がポツポツと言葉を出す。
「今日、行ったのは、涼君の良い思い出と悪い思い出がたくさん眠る場所ですから」
「そう、だな。でも、さっきまで、平気だったのに」
「私と同じですよ。家に帰ってきたから、安心したんです。クタクタになってベッドに潜り込んだ時みたいに、疲れが一気に押し寄せちゃったんですよ」
ムニエルが優しく頭を撫でれば、規則的だった関原の吐息が、整ったままに段々、小さくなる。
『そろそろ、眠るでしょうか』
ムニエルが、そんなことを思った時、不意に関原の両腕に込められる力が強くなって、ギュッと彼女を抱き締めた。
「涼君?」
どうしたのかと、関原の顔を覗き込む。
しかし、あいにく彼はムニエルの胸に顔を埋めたままで、その表情をうかがい知ることはできなかった。
関原が、ムニエルの胸に顔を埋めたまま、口を開く。
「ムニエルも、寝ろ」
「私もですか?」
問いかけに、彼がコクリと頷いた。
「甘えん坊ですね」
ムニエルが、くすぐったそうに笑う。
それから、二人は畳んであった布団を敷きなおして、その上に寝転び、そっと目を閉じた。
『涼君、ないてる?』
関原ほど消耗していないとはいえ、ムニエルも疲れているのは事実だ。
そのため、関原を抱き締めて布団に横になれば、すぐに眠気がやってきて、微睡むようになったのだが、そうしていると、自分に抱きついて上下する彼の肩が気になるようになった。
意識を向けてみれば、自信の胸も湿っているような感じがする。
『怒り、寂しさ、苦しさ、安心、喜び。涙に起因する感情は様々です。涼君は今、どんな心地で泣いているのでしょうか』
ふと、関原の心を写す本があったらと思ったが、ムニエルはすぐに首を横に振った。
『私はもう、天使ではありません。涼君の心を知るには、直接、言葉を交わすしかない。多少、不便ですが、そこに好ましさも感じている。すぐに本があったらと思ってしまうのは、よくない癖ですね。それに、きっと本を見ても、今日の涼君の心は分かりませんよ。本人も預かり知らぬ感情は、本に反映されないのですから』
ムニエルが、そっと彼の頭を撫でる。
『たくさん泣いてください、涼君。人間はきっと、泣きたい時は、たくさん涙をこぼした方がいい生き物なのですから』
嗚咽をこぼし始める関原に、ムニエルは優しくは微笑んで、彼の頭へキスを押し付けた。
本当は、関原が眠るまで起きていたかったが、彼の体温につられて熱くなるからだが眠気に耐えられず、ムニエルはあっさり意識を手放した。
ムニエルが眠りこけた数分後、関原も安心して、意識を柔い眠りの中に沈め込んだ。
二人は、ふんわり、温かい水の中にプカプカ浮かぶような心地で夜中まで眠っていた。