【後日談6-2】行こう!
「涼君」
ムニエルが血管の浮く関原の手の甲に自分の手のひらを添える。
関原がハッとした様子でムニエルの顔を見て、それから、すぐに顔を背けた。
食い縛るような表情は、泣き出しそうにも見える。
「涼君」
再度、優しく声をかけて、関原の頭を撫でようとてを伸ばす。
今はもう、飛べないから、ムニエルは彼のためにかかとを浮かせて、精一杯、腕を伸ばした。
しかし、そうやって向かわせた手のひらを、関原はフイッとそっぽを向いて拒否した。
「涼君?」
問う言葉は、幼子に話しかけるかのようだ。
関原が、空いていた手のひらをギュッと握りしめる。
「今、優しくすんな」
ぶっきらぼうに出された声は酷く固い。
それでも、ムニエルは無視をして、彼の額に指先をくっつけ、擦るようにして頭を撫でた。
額やこめかみの辺りを往復する肌がくすぐったい。
「お前、ほんと俺の言うこと聞かねーな。撫でるなって」
「嫌ですよ。私は撫でたいですから。それにしても、涼君は大きいですねぇ。手が届きません。屈んでいただけると、助かるのですが」
「嫌だよ。ムニエルがちっこいのが悪いんだから」
関原は、相変わらず顔を背けたままだが、それ以上の抵抗はせずに、静かにムニエルに頭を撫でられ続けていた。
やがて、数分の時が経つと、関原の目元に涙がたまって、それが頬へ伝うようになった。
行き場のない雫が、静かに床へ落ちていく。
「こうなるから、嫌だったんだ」
震える肩に嗚咽混じりの声。
固い声は涙でふやけて、酷く弱る反面、やわらかくなっている。
関原は、文句をいう反面、ムニエルに甘えていた。
ムニエルがあきれたように笑う。
「涼君は、お馬鹿さんですね。むしろ、泣けるなら泣いた方がいいのに。ほら、涼君、おいで。抱っこしてあげますよ」
撫でるのをやめたムニエルが、大きく腕を開いて関原が収まるのを待つ。
すると、少し迷った彼がムニエルの方へ寄っていって、覆い被さるようにして彼女を抱き締めた。
「なんか、私が抱っこされてるみたいですね」
関原の胸の中にすっぽり収まって、ムニエルが笑う。
「俺は、抱き締められるのより、抱き締める方が好きだから」
独り言のように言葉をこぼして、小さく、強く肩を震わせる。
凍えるような背を何度も撫でられると、心地がよくて、泣いているだけの状態に身を任せたくなって、関原は黙りこくったまま、嗚咽をこぼし続けた。
「先輩さ、多分だけど、まだ、あん時のバイト先で働いてんだよ。なんか、俺が働いてた時、あの人、正社員になるみたいな話が出てたから」
ひとしきり泣いた関原が、かすれた声で言う。
「会いに行きたいんですか?」
「うん。今さら、変かな」
「いいと思いますよ。私も、私のかわいい涼君を傷つけた、とびきりの恩人の顔、拝んでみたいですから」
大輪の花のように笑うムニエルに、関原が目を丸くする。
「ムニエルもついてくるのか?」
「駄目ですか?」
コテンと首をかしげるムニエルは、キョトンとしていて、自分が関原についていかないことなど、考えてもみなかった様子だ。
関原はムニエルの態度に少し笑って、それから、ふるふると首を横に振った。
「いや、いいよ。一緒に行こう」
関原は、しば吉を持ったまま、もう一度、ギュッとムニエルを抱き締めた。




