【番外編6-1】振り返り
夜中にクローゼットから引っ張り出された翌日、しば吉は丁寧に洗い直され、モフモフの清潔なぬいぐるみに戻った。
今では、すっかり布団が定位置となり、夜は二人の隣に寝転がって、それ以外の時間には畳まれた布団の上にちょこんと座り込んで、ムニエルたちを眺めている。
関原が懐かしがって、しば吉を眺めたり、ひっそりギュッと抱きしめたりすることも増えた。
ただ、時折、しば吉を眺める関原が、心ここにあらずといった様子で、無機質かつ透明な、寂しい何かを瞳に浮かばせているのが、ムニエルには気になっていた。
『もう、五分も眺めていますね』
虚ろな目は、しば吉を見ているようで遠くを見つめている。
ムニエルは静かに彼の方へ寄っていくと、「涼君」と、優しく声をかけた。
ややあって、関原がムニエルの方を向く。
彼の瞳が真直ぐムニエルを見つめ返していたから、彼女は少し安心できた。
「どうしたんだ、ムニエル。そんな寂しい顔をして」
しば吉を片腕で抱っこしたまま、関原が慰めるようにムニエルの頭を撫でる。
幼い子どもに、「いたいの、いたいの、とんでいけ」をされているような、妙な錯覚がして、ムニエルは、くすぐったそうに笑った。
「寂しいのは涼君でしょう? 不安定な目をしていましたよ。どこかに行っちゃいそうな、儚い目。私、涼君がいなくなっちゃうの、嫌ですよ」
関原の頬に、優しく温まった手のひらを添える。
気恥ずかしくなった彼がそっぽを向いた。
「どこかにって……実際にいなくなったのはお前だろ」
「そうですが、意地悪ですね」
ムニエルが困ったように笑うと、それから関原は少し黙り込んで、
「考え事をしてたんだ」
と、ポツリ、独り言のように言葉を溢した。
「考え事ですか?」
「ああ。昔、ムニエルに教えた先輩のこと、考えるようになったんだ。しば吉を見るのが平気になってから、思い出すことが増えたからさ。優しい人だった。面倒見が良くて、辛抱強くて。当時は、俺のことを否定したんだ、虚仮にされたんだって思ってた言葉、あれ、先輩はどんなつもりで言ってたんだろうなって」
高校時代にバイト先で、お世話になっていた先輩。
関原は彼を兄のように思い、慕っていた。
今でも、先輩につけられた傷は痛く、深かったが、それでも、ムニエルとの日々で心を成長、回復させた関原は、当時を思い返して、アレコレ考えられるまでになっていた。
「意味も何も、言葉通りだろって思うかもしんないけどさ、先輩、あんまり人のことを否定する人じゃなかったんだよ。少なくとも、馬鹿にする人じゃなかった。だから俺、懐いたんだ。きっと、この人は、本当に心を晒せば俺のことを分かってくれるって、そう思ったから、しば吉のことも話した。俺が良いように勘違いしてただけって、その可能性も低くはないんだけどさ」
関原が初めて信用した人間。
今はとっくに縁も切れて、自身には何も関係が無くなってしまっているけれど、それでもまだ、何かを信じていたいのだろう。
唯一、肉親と言われて思い浮かんでしまう、その人が、清い人間だったらと思ってしまっていた。
「馬鹿みたいだな」
小さく溢す。
嘲笑う反面、しば吉を抱く腕には力がこもっていた。




