【番外編5-9】「かわいい」
性欲が爆発していた時と違って、今のムニエルはスケベなことに割と謙虚ぎみだ。
機会があれば関原を嗅いだり、彼の体に触れたりするものの、激しさよりは優しい甘さを好んで、緩く触れ合うことを理想としている。
乙女チックなムニエルだ。
そんな彼女は、「かわいい」にすら随分と体力を消耗させられるようになっていて、照れて弱っているところに好きなように触れられてしまったから、細かく汗をかいたまま、真っ赤に茹ってポテンと布団の上に倒れ込んでいた。
「ワンコは涼君じゃないですか。狼……」
浅い呼吸のまま、モソッと文句を言って、モゾモゾと乱れた衣服を直す。
「百歩譲って俺もイヌ科の動物だったとしても、ムニエルが俺の飼い主ってことはないな。振り回され過ぎだから」
上機嫌に笑う関原が、近くにあった清潔なタオルで彼女の汗を拭う。
善意で衣服の中も拭いてやろうとしたら、スケベなことをされると勘違いしたムニエルに腕を叩き落された。
「えち涼君」
「ちげーよ、今のは単純に拭いてやろうとしたの。汗だらけじゃ気持ち悪いだろうからさ。快適にしてやるのも飼い主の義務だって。全く、聞かん坊な勘違い屋で、かわいいワンコだな」
あんまり飼い主の手を噛むなよ、と笑って、彼女の少し露出した腹にキスをする。
へそが吐息でくすぐられて、ムニエルが体を揺らした。
零れかけの涙が頬を伝って枕に落ちる。
「なんだ、くすぐったかったのか? かわいいな」
ニヤニヤと笑う関原は、相変わらず揶揄い気味だ。
「……涼君」
「なんだ? かわいいムニエル。まだ何かしてほしい事があるのか? 甘えん坊だな」
「いや、あの、その、いい加減、事あるごとに『可愛い』というのを止めませんか? さっきからずっと、あまりに過剰ですよね。そろそろ、いいんじゃないかと思うんですが」
「なんだよ。嬉しくないのか? さっきは言ってほしいって言ってたくせに」
「それは、そうですけど、でも、だって、涼君らしくないと言いますか……」
関原に甘い言葉は似合わない。
自分に好意を寄せられて照れているのが、一番、彼らしい。
ムニエルがそんなことを思っていて、普段と違う彼とのギャップとに戸惑っていることも事実だ。
しかし、ムニエルが関原の言葉を止めようとしているのは、単純に彼女がキャパオーバーを起こして、せっかくの「かわいい」を受け入れられなくなってしまっているだけだった。
「あの、ふとした時に行ってもらえる可愛いって、素敵だと思うんです。例えば、なんか、こう、記念日とか、不意に訪れる瞬間に、本当の本当に可愛いって思ったら、言ってもらえるみたいな」
全く言ってもらえないのは嫌だから、モチャモチャと口を動かして、しどろもどろに要求をする。
「別に、俺はいつでも本当にムニエルのことをかわいいと思ってるけど?」
さりげなく言い返して笑う。
ムニエルが「んぇ!?」と奇声を上げて、パキリと固まった。
関原は、そんなムニエルにモフッと毛布を掛けて、緩く彼女を抱き締めた。
「ま、それでも、俺もやっぱ照れるからさ、すぐに、あんま言わなくなるかもしれないし、今は素直に受け取っておけって」
確かに、明日には変な勢いも下って、ムニエルを揶揄う言葉にすら照れてしまい、あまり甘い好意を示さなくなるだろう。
容易に想像できたし、ムニエルは、そちらの方が関原らしいとも思った。
ホコホコと温まり始める毛布の中、少し考えて、ムニエルが口を開く。
「涼君」
「なんだ?」
「やっぱり、一日に一回だけ、言ってほしいです」
自分のキャパシティと願望の間で揺れる言葉に、関原が笑った。