【後日談5-8】甘えん坊ワンコ
お揃いの洗濯洗剤やシャンプーの匂いの中にほんのりと、けれど確かに存在する関原の匂い。
抱き着いた瞬間に香る、ムニエルのこの世で一番好きな匂い。
柔らかく温かな胸に鼻先と口を押し付けて、「むー」とか、「んー」とか唸りながら彼を嗅ぐ。
己の不満を訴えながら関原を堪能する、ムニエルにとって一石二鳥なやり方だ・
吐息で熱くなる胸や脇に、関原がくすぐったそうに眉をひそめた。
「ムニエルって、不満がある癖に甘えたい時は全部それだよな。てか、やっぱり甘えたかったんだな。しょうがないワンコだな、全く」
文句を紡ぐ声は少し弾んでいて、頭を撫でる手つきは柔らかい。
関原は満更でもないようだ。
しばし甘えて、深呼吸をして、それからチラッとムニエルは関原を見上げた。
「だって、可愛いはズルいです。普段はそんなに言わないのに」
「言ってるだろ」
「言ってないですよ、そんなに」
むくれるムニエルがプクッと頬を膨らませる。
それを関原がつついて萎ませると、彼女はプイッとそっぽを向いた。
「あーあ、拗ねちゃって。やっぱり甘えん坊のいじけ虫ワンコじゃねーか。大体、もし言ってなかったとしても、ちゃんと思ってるよ」
「思ってもらうのはいいですけど、もう少し、言葉にしてほしいんですってば」
「なんだよ、我儘だな」
笑って出された関原の言葉に、ムニエルがムッとしたまま彼の胸へ頬を擦りつける。
「甘やかしてくれるんじゃなかったんですか?」
「まあ、そうだな」
「飼い主なら、シッカリしてください。犬に甘んじたらキスしてもらえるって聞いたから、恥を忍んですり寄っているのに」
「なんだ、キスされたかったのか。かわいいな。どこにされたかったんだ?」
「え? ほっぺと、口と、頭でしょうか。ほっぺ、多めがいいです。いっぱい。口も、長いのがいいです。頭は、チュってしたら、そのままギュってしててください」
「要求が多いな」
「いいじゃないですか。涼君は飼い主なんでしょ。換毛期大型犬のブラッシングでもするような感じで、面倒でも、ちゃんとお世話してください。というか、髪も撫でてブラッシングしてください」
「ブラッシングって、ムニエル、急にワンコぶるじゃん」
「だって、本当に甘やかされたいんですもん。涼君は、急に『可愛い』って言ってくれるようになりましたね」
「まあ、言いたくなかったわけじゃないし、ムニエルが平静を装って照れまくってるの、かわいいから」
アツアツになったムニエルの耳を、関原が優しく包み込んで撫で下ろす。
常夜灯がついているものの、薄暗いから直接、色は確認できないが、その温度から、ムニエルが照れて真っ赤になっていることは明白だった。
関原がチュッと音を立ててキスをすれば、ムニエルがビクッと体を揺らす。
涙の浮かぶ顔には、何故バレたんだ! と、はっきり書かれている。
「ムニエルは顔に出るし、行動にも出るから分かるんだよ。知ってるだろ。今も、そんな顔してんだからさ」
悪戯っぽく笑う関原が、ムニエルの口から出されぬ問いに答えて悪戯っぽく笑う。
それから、ムニエルを揶揄うのが楽しくなってしまった関原は、彼女をかわいい、かわいいと褒めそやして、柔らかさに触れ、甘やかした。
そして、ひっそり、自分も甘えた。




