【後日談5-7】その心はきっと、呆れ笑い
ムニエルは一瞬、息をのんで呼吸を止めた。
だが、嘘を吐くわけにもいかないから、錆びた機械のように、ギギギと無理やり首を動かして、コクリと頷いた。
そうすると、関原が嬉しそうに破顔して、
「やっぱり、そうか! さっき思い出した時にグワッと記憶が蘇ってきてさ、姿が、あの頃のまんま、声だってそのまんまだったから、俺、絶対そうだと思ったんだよ!」
と、少年のように明るく言葉を出す。
勢いのまま、ムニエルにギュッと抱き着いて、ワシャワシャと愛犬を構うように彼女の頭を撫でる。
ムニエルは関原の喜びようにキョトンとして、そろそろと手を伸ばし、彼を抱き返した。
「あの、涼君、嬉しいんですか?」
恐る恐る、問いかける。
関原は当然だろ、と笑った。
「でも、私、ちっちゃい涼君のこと、寂しくさせました。きっと、優しさを知った後の孤独は何よりも辛い。もしも私と会わなかったらって、そんなこと、思いませんでしたか?」
「ちっせー俺が、そんな複雑なこと考えるかよ。もしかしたら、『なんで、なんで』って思ったことは会ったかもしれないけどよ、でも、こんな寂しいならいっそ出会わなかったほうが、なんて思考、お子様の俺が抱くわけねーだろ」
快活な様子の関原に対して、ムニエルはどこか落ち込んだ様子でソワソワとしている。
関原は眉根を寄せて渋い表情になり、ムニエルの頬を軽くつまんだ。
「俺は、自分の人生を上向きにして、しば吉とも友達にしてくれた初恋の相手に再会できて、しかも、その相手は今、恋人でさ、最高に幸せだって思ってんのに、ムニエルは、どうしてそんなに落ち込んでるんだよ。薄々思ってたけど、ムニエル、けっこう暗めの思想してるよな」
「うぇっ!? そ、そんなことはないですよ! 私は元々、明るい性格のはずですし、能天気だって、涼君、前に言ってませんでしたか?」
「まあ、言ったな。でも、すぐしょげるじゃん。いじけるし、拗ねるし、沈むし」
「そ、それは、そうかもですけど、でも、涼君に言われたくないというか、だって~」
文句言いたげなムニエルが、ペチペチと関原の背を叩く。
「なんだよ。言っとくけど、俺は自分の暗さに一定の自覚があるからな。ムニエルに指摘されても傷つかねーぞ」
くすぐったそうに笑って文句を言う関原が、お返しだとでも言わんばかりにくしゃくしゃと彼女の頭を撫で、サラサラの髪をグチャグチャにかき乱した。
既に寝転がって乱れた頭髪ではあったが、髪の毛が絡まるようになって、ムニエルが慌てて手櫛で黒い線の塊を解す。
「涼君、頭撫でてくれるのはいいですけど、グチャグチャってされるのは困っちゃいますよ! 髪の先とか中間が大変なことになっちゃうんですからね! うっかりブチブチってとった日には枝毛なっちゃうんですからね!」
「マジかよ。でも、まあ、許してくれって。落ち込んだ飼い犬をワシャワシャってするのは、飼い主の特権だろ」
「飼い主って、涼君、それ、気に入っちゃったんですか? 私的には内心、複雑なんですが」
「そうなのか? 俺は、かわいくていいと思うんだけど。ほら、おいで。ワンコに甘んじるなら、ギュって抱っこして、とびきり甘やかしてやるよ」
パッと腕を広げて、ホコホコと温まった胸を提供してくる関原が魅力的だったのだろう。
ムニエルは悔しそうにムグムグと唇を波打たたせると、少しだけ悩んで、それから、モギュッと彼の腕の中に飛び込んだ。