【後日談5-5】嫌い
『最悪です。これだから、天使は、私は……私が嫌いなんです』
薄暗い部屋の中で、ぬいぐるみだけを友達だと言い張って、一日中ソレで遊ぶ子供。
自分が姿を消せば、すぐに生活を低下させることが分かりきっている子供。
その子供を放置する危険性を、当時のムニエルはロクに理解していなかった。
何故なら、天使は人の心と肉体を持たないが故に人間を解さず、元来、対象者以外に興味関心を向けない生き物だからだ。
対象者にならば抱ける危機感を、それ以外の存在には持てないのだ。
『涼君との話を聞いたらきっと、姉さんたちは私を博愛主義者として、ホンモノの天使のように扱った。対象者を持っているにもかかわらず、他の孤独な子供を救うなんて、素晴らしい事だ、やっぱり、エリート天使は違うって、言ってくれた。当時の私だって、きっと、似たような感性を持っていたから、自分が誇らしかった。でも、今は違う。違うんです』
人間になったムニエルは、過去の自分の行動を無責任で忌むべきものだと思うようになっていた。
救いたいと思うなら、これまで対象者にしてきたのと同じように、その子が立ち直るまで、生活が向上していくのだと現実的に希望が見えるまで、面倒を見るべきだった。
そこまでできないなら、すぐに消える希望を提供してしまうくらいなら、いっそ、関わるべきではなかった。
そう、思うようになっていた。
『しば吉がすぐに動かなくなって、一人きりでぬいぐるみを動かしていた涼君は、どんな気持ちで過ごしていたんでしょうか。お気に入りのパンケーキだって、作ってあげられなくなって、体だって、誰も洗ってくれなくなって……』
罪悪感がジリジリと喉までせり上がっていく。
思考夢中になって無口になるムニエルの隣には、気が付けば関原がいて、彼女の持つしば吉に触れていた。
「懐かしいな」
ポツリと出された彼の感傷的な言葉に、ムニエルの心臓がドギッと鳴る。
意味も無く緊張するのは、心が罪悪感に支配されているからだろうか。
関原が静かに口を開く。
「俺さ、しば吉のこと大好きだったんだけど、本当に昔は嫌いだったんだ。俺さ、本当は、ぬいぐるみなんかよりも家族の時間が欲しかったから、なんか……なんだろうな。しば吉をもらう代わりに、父親や母親が消えるみたいなさ、そんな、変な感じがして、ていうか、実際そうで、両親の代替になったしば吉が、憎くて堪らなくなってさ、小学生よりも前の子供の頃、すぐに癇癪おこして、『こんなのいらない! パパとママがいい。パパとママを返して』って、駄々こねて、よく、壁にぶん投げてた。でも、泣いて、疲れて、酷く寂しくなって、散々投げた友達のこと、拾って抱っこしてた。憎いけれど、俺に残された唯一で、縋らざるを得ない物体。それが、俺にとってのしば吉だった」
関原は、ポフポフと愛おしそうに、しば吉の頭を撫でている。
ムニエルは、関原の心の本を熟読していたはずなのに、彼が心に持つ、しば吉への高校生以前の複雑な感情など知らなかったから、驚いて目を見開いた。
約束していたよりも、だいぶ遅刻しましたが、投稿!
今日は遅刻しないように気をつけます……