【後日談5-4】甘さの核
「そんなに泣いてどうしたの? 涼君。パパとママ、帰りが遅くて悲しくなっちゃった? それならさ、僕がギュって抱っこしてあげるよ! 見てよ、涼君、僕の毛並みはフサフサで、とっても温かいんだ」
「涼君は、ニコニコ笑顔が素敵だね。僕、涼君の笑った顔が大好きだよ!」
「涼君、涼君、遊ぼう! 僕、お絵かきがしたいな」
しば吉を天使の魔法で操って、関原にフワッと抱き着いたり、彼の頭を撫でたり、一緒に遊んだりした。
関原は昔からインドア派で、あまり外に出ることはなかったけれど、その分、家の中で絵本を読んだり、汚い台所から必死にかき集めた材料で綺麗で美味しいオヤツを作って食べさせたりして、甘く幸せな時間を作り出した。
そうすると、より一層、関原はしば吉に懐くようになって、ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべるようになった。
ムニエルは、関原の純粋な笑顔を見るのが大好きだった。
だが、ムニエルがしば吉として関原に関われる時間は酷く短い。
天使としての性質を有するムニエルにとって、どうしても、最優先は対象者の女の子であり、彼女のために活動できなければ、不気味な衝動が体中を支配するようになる。
抗うのにも、限界があった。
そのため、関原と一緒に過ごすことができたのは、一日の内、長くて三時間から四時間、短ければ一時間程度。
寂しくて甘えん坊の、愛に飢えた子供には少しも足りなかった。
関原は、しば吉が喋ってくれなくなる時間が、寂しくて、つまらなくて仕方がなくなった。
だからだろうか。
関原はムニエルがいない時間にも、しば吉を使って一人で遊ぶようになった。
一人で、しば吉の言いそうなことを口に出して、その返事を、再び自分の口から紡いだ。
要するに、関原は、ごっこ遊びをするようになったのだ。
そうやって笑い、しば吉を抱き締める姿は、健全な子供と、あまり変わらない。
ムニエルには、関原の精神状態は見ることができない。
一人で、ぬいぐるみを使って楽しそうに遊ぶ姿は、少し寂しそうではあるものの健康に見えて、ムニエルは、「もう、自分が側にいなくても大丈夫だ」と、思ってしまった。
関原は対象者ではないのだから、一人で楽しそうにしている以上、もう、関わるべきではないと、思ってしまった。
だから、ムニエルは関原に「しば吉」という存在と、いつか彼が見ることになる優しい幻覚の核だけを残して、去って行った。
お別れの一つも言わないで、関原の小汚い家を後にした。