【後日談5-3 】少しだけ逆らった本能
もう、十年以上も前のこと。
ムニエルは、小さな女の子を孤独から脱却させるべく、日々、奮闘していた。
育児放棄された、その子に、一生懸命お弁当を作ったし、毎日、保育園まで送り迎えもした。
いつもの様に家事に励んで、生活を向上させていた。
だが、そうやって天使として過ごす中で、一つだけ、普段と違うことがあった。
ムニエルは、女の子を保育園へ送り届けた帰り道、時折、視界に入り込む男の子のことが気になって仕方がなくなっていたのだ。
男の子は、カーテンの隙間から眩しそうに顔を覗かせて、分厚く濁ったガラス越しに空を眺めていた。
それが、どうにも心に残ったのだ。
通常、天使は、相手がどんなに自らの救済対象と練りえる性質を有していたとしても、その時に受け持っている対象者以外には救済欲求を募らせない。
興味が抱けなくなっているのだ。
だが、どういうわけか、ムニエルは皮膚を切り裂かんばかりに冷たく澄んだ彼の瞳を覗いてしまうと、淡い救済欲求を抱くようになっていて、垢で固まった頬をにっこり微笑ませてあげたいと思うようになっていた。
その救済欲求と笑顔への想いは、無視できないほどではなかったが、ふとした思考を縛るほど、弱くて強かった。
そのため、ムニエルは、女の子を保育園へ送り届けると、毎日のように男の子の元へ通うようになった。
しかし、幸か不幸か、男の子は寂しすぎたがためにムニエルを見ることができたが、酷く無口で人間不信だ。
ムニエルが、どんなに話しかけても、言葉を返してはくれなかった。
対象者以外の心の本は読めないから、アプローチに困ってしまったムニエルだったが、それでも、彼と過ごしていると見えてくるものがある。
彼は、両親から貰った、柴犬のぬいぐるみを宝石のように大切にし、親友のような友愛の感情を抱いているのだ。
ムニエルはぬいぐるみを介して彼と仲良くなった。
男の子には自分の姿を見せないまま、あたかも自分が、しば犬のぬいぐるみであるかのように振舞って、彼とコミュニケーションをとった。