【後日談5-2】犬派!
「俺ってやっぱ、犬派なのかな。親友はしば吉だし、恋人は、なんか犬みてーだし」
「えっ、犬ですか? なんか、なんか嫌なんですが。イメージよくないと言いますか、何と言いますか。あの、せめて、大型犬ですよね? 犬扱いされるなら、賢くて子守りが得意なゴールデンレトリーバー的な犬がいいんですけど」
「ゴールデンレトリーバー? 別にムニエル、チビって訳でもないけど、そこまでデカくもないだろ。でも、まあ、穏やかな精神は大型犬よりか? うん、欲に負けがちで忠実ではないけど、意外と体力と根性がある、優しい大型犬だな、ムニエルは」
一人で納得して満足そうにうなずく関原に、ムニエルがプクッと頬を膨らませる。
「一番扱いに困るやつじゃないですか! それ、アホ犬ですよね! アホ犬ですよね!?」
「まあ、俺も甘やかしちゃうダメ飼い主みたいなところあるから、お相子じゃね?」
「いや、そもそも、犬と飼い主って言う前提がおかしいですから。私、涼君に飼われてませんからね!」
「本当か?」
「本当ですよ! た、多分!」
勢いで否定したものの、関原に餌付けされたり、ワシワシと頭を撫でられて嬉しくなったり、日常的に我儘を言って、定期的に「待て」をされたことを思い出すと、段々に自信が無くなって落ち込んだ。
しょぼくれるムニエルの頭を、関原がワシャワシャと撫でる。
「いいだろ。俺は、おおらかで困ったちゃんな、犬みたいなムニエルが好きだよ」
「私だって、優しくて意外と面倒見がいい涼君は好きですけど、それにしても、犬って、犬って……」
何かが著しく、ムニエルの胸に引っ掛かるのだろう。
納得いかない様子で落ち込んでいると、柔らかい布の塊がポフポフとムニエルの肩を叩いた。
「まあ、いいじゃん、ムニエルちゃん。わんちゃんって可愛いよ、涼君は、わんちゃんが大好きだよ」
関原が不器用にしば吉の腕を動かして、ムニエルの腕をパシパシと叩く。
無理やり捻り出した可愛らしい声は上ずっていて、演技しきれていない言葉が妙に彼らしい。
ムニエルは、関原の「らしくない」行動に面食らって、瞳をパシパシと瞬かせた。
反応の薄いムニエルを、しば吉の手を使って関原が軽く小突く。
「引くなよ。ちょっと懐かしくなって、しば吉の真似をしたんだ。もしかしたら、俺が自分で声出してたのかもしんねーし、幻聴だったのかもしんねーけど、小さかった俺には、今みたいな風に、いや、今よりも優しくて穏やかな口調で話しかけてくれる、しば吉の声が聞こえてたんだよ」
真っ赤な耳を暗闇に隠して、関原がポリポリと頬を掻く。
すると、今度は、ムニエルが関原からしば吉を預かって、彼の腕をポフポフと叩いた。
「落ち込まないで、涼君。ムニエルちゃんは、涼君の行動が意外で、ビックリしちゃっただけだよ。僕、久々に涼君と遊んでもらえて嬉しかったよ。ムニエルちゃんも、僕が大好きで、僕をギュッとしちゃう涼君が、かわいくて仕方がないってさ」
キュルンと関原を見上げる、しば吉のつぶらな瞳は、命が宿っているのではないかと思えるほど愛らしい。
子ども相手にぬいぐるみを使ってきて慣れているのか、ムニエルの声に照れは浮かんでおらず、演技もやけにうまかった。
動くぬいぐるみの手足の後ろからは、どういうわけか、ムニエルの指や手のひらも見えないので、本当に、ぬいぐるみが喋ったのではないかと錯覚してしまう。
「なんで、そんなうまいんだよ。妙に、記憶の中のしば吉と似てるし。ほら、もう、ごっこ遊びはやめて寝るぞ。俺、なんか、ほら、すごくねみーし」
自分から遊びに誘ったのに、自分や彼女の行動を振り返れば無性に恥ずかしくなって、関原は布団に潜り込むとムニエルに背を向けた。
それを面白がったムニエルが、追撃をするように、しば吉をけしかけて彼の背を軽く揺さぶる。
「そんなこと言わないで、もうちょっと遊ぼうよ。僕とお喋りしようよ~」
夜中だから近隣住民に迷惑をかけぬように声を潜めて、関原を遊びに誘う。
だが、そうやって関原を揶揄っていると、ふと、妙に懐かしいような不思議な感覚に襲われて、ムニエルは一瞬、思考が固まった。