便利な魔法陣
関原が職場でイライラ、カリカリと仕事を行っている頃、ムニエルはムニエルで孤独対策課としての仕事を行おうとしていた。
それはすなわち、関原家の清掃である。
関原家は今、酷い状態だ。
隅の方には埃が溜まり、床を歩けば裸足に砂っぽい塵が付着してジャリッと嫌な感触がする。
室内にはカビの匂いや奉仕が充満しているから、大きく息を吸い込めば無条件に咳き込んでしまう。
安らかな眠りを助ける布団はダニの死骸と寝汗だらけで、眠れば眠るほど不健康になっていくような有様だ。
ムニエルはあまりにも暗く、汚い部屋をギッと睨みつけた。
『窓のサッシや壁の一部、浴室、洗濯機内には頑固なカビ汚れ。いつ洗ったのかもよく分からない衣服たち。使い回された形式のある危険な割りばしたち。部屋の中を跋扈する虫たち。こんな不衛生な環境で暮らしていたら、心までつられて不健康になりますからね。まずはお片付けから! 日光を拒む悪いカーテンも可愛い物に変えて、室内に元気を取り戻しますよ~!!』
フンフンと張り切ったムニエルが真っ白な指先で空中に円を書く。
そして、出現した白銀に輝く魔法陣に手を突っ込むと、中から真っ白なエプロンを取り出し、それから雑巾やバケツ、掃除機などの各種清掃アイテムを次々に取り出していった。
『やっぱり便利ですね、天界お取り寄せ魔法陣は。対象者のためならいくらでも、何でも取り出せますし』
ムニエルが使用した魔法陣は孤独対策課あてに天界から配られている備品だ。
孤独対策課の天使たちは魔法陣を使って、人間の為ならば食料や道具、衣服など、ありとあらゆるものを取り出すことができる。
ただし、魔法陣にも限界はあって、唯一、人間の世界で流通している金銭だけは取り出すことができない。
魔法陣を通して天使たちに渡されるアイテムは全てが天界で作られた物であり、品質も人間界のものとほぼ同等なのだが、貨幣だけは人間の世界のみで作られているものであり、模倣品を作ることはできても本物を作ることはできないからだ。
まあ、人間界で流通している特効薬は勿論、石油も、ガソリンも、何もかも天界で作り出すことが可能であるため、金そのものを求められることは基本的にないのだが。
加えて、どうしてもお金が必要になった時には宝石類や金などを取り寄せて換金すれば良い。
実際、昔ムニエルが対象者の子供に、
「ようちえんのおかねがないと、ぼく、ようちえんとバイバイしないとダメっていわれた! でも、ママもおかねないって! ぼく、ようちえんいきたい! みんなとバイバイするのやだ!!」
と、泣きつかれた時には彼や彼の母親の代わりに金銭を用意してやったものだった。
『私は人間世界の実情を詳しく知りませんが、きっと、十にも満たない子供がお金の心配をするのは異常なことなのでしょう。あんなに泣いて、叫んで、不安がって……かなしい事です。ですが、天使として、あの哀しい子供を救うことができて良かった』
当時、顔をグシャグシャにして泣いていた子供を思い出し、少ししんみりとする。
『子供の頃から、かなしい事ばっかりだった涼君。彼も、あんな風に泣くことがあったのでしょうか』
ムニエルは関原の子供時代にまで思いを馳せて、一瞬、心を沈めそうになったが、慌てて首をブンブンと横に振ると、心を切り替えるためにパンと自分の頬を叩いた。
『落ち込んでる場合じゃありません。救うためには悲しむばかりではなく、行動をしなければ!!』
真っ白いエプロンのリボンを背中でキュッと結んで、三角巾を被り、腕まくりをする。
『さあ! やりますよ!!』
ムニエルは、はたきを持ってフヨフヨと天井の方へ浮かび始めた。
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