【後日談4-3】傷だらけの宝物
関原の渡したノートは、日記のような物だった。
ノートの上部には必ず日付があり、小タイトルまでつけられて、その下には、いくつかの短文が並んでいる。
特徴的であるのは、文の最初にも日付が付けられていることだ。
『五月七日 バレンタイン バレンタインだから、多分、二月十四日。 ムニエルが家にきたばかりの頃。イベントを楽しむのも大事だとか言って、チョコレートを作ってくれた。当時はうざったかったけど、当時の俺でも美味しく感じられた。また食べたい』
このような文が、ほぼ毎日のようにつけられて、真っ白いノートの上に島のようにポツリ、ポツリと浮かんでいた。
内容はいずれも、ムニエルとの思い出ばかりだ。
ムニエルが唐突にいなくなってしまった時、関原は、彼女を忘れることを恐れた。
自身が孤独から脱却してしまったら、一番大切な相手を記憶事失ってしまうことになるから、そして、自分が覚えている限り、ムニエルは絶対に帰ってくるはずだから、関原は彼女を記憶にとどめ続けようと躍起になった。
そして、ふとした時に涙がノートを汚す度、関原は、自分が今寂しいんだと実感して、嬉しくて堪らなくなった。
一つ目の日付は、日記を書いた日。
二つ目の日付は、思い出の日だ。
取り留めのない思い出が発生した日なんて、関原だってロクに思えてはいない。
そのため、二月ごろとか、春とか、冬とか、そんな、ザックリした時期が書かれているものも少なくなかった。
半年あるか無いかの記憶では、ネタが尽きる日もある。
そんな日は、ムニエルへの想いをつづった。
早く帰って来いとか、会いたいとか、そんな願いの他に恨みも書かれていて、関原は、とてもじゃないがムニエルには見せられないと思っていた。
ムニエルは、涙が落ちてできた皺の円を指でなぞって、静かに文字を追っている。
いたたまれない関原は、ムニエルから顔を背けたまま、ペラペラとページが捲られるのを静かに聞き続けていた。
「あの、涼君」
ノートを閉じたムニエルが、酷く寂しそうな表情で関原の袖を引く。
「何も言わないって約束しただろ。感想はなしだ」
「……はい」
コクリと頷いたムニエルが、キュッと罪科の証を抱く。
「ほら、そんな風にしてないで、サッサと返せよ。それも捨てちまうんだから」
関原がムニエルの胸元へ手を伸ばす。
ムニエルは困った表情になって、後ろへ一歩、後退った。
「捨てちゃうんですか?」
「捨てるよ。みっともない。それに、ムニエルが帰ってきたから不要になった。捨てちまいたいんだ」
「そう、ですか。でも……」
「でも、なんだよ。もう、中を見たいって我儘言っただろ。これ以上は駄目だ」
「だって、愛おしいんです。涼君が頑張っていた過去の記憶が。涼君には痛ましい傷なのかもしれませんが、愛おしくて、捨てるのは嫌だなって」
しょぼんと落ち込むムニエルが、優しくノートの表紙を撫でる。
それを眺めていた関原は小さくため息をついて、ポンと彼女の頭を撫でた。
「ほんと、お前は我儘だな。いいよ。それなら、ノートはお前にやる。絶対に俺の前では開かないって約束だぞ」
花咲くようなムニエルの笑顔に嬉しくなってしまうから、関原は仕方がないなと自分に柔らかくため息を吐いた。