得体のしれないお弁当
『大体、昨日の服とか風呂敷もだけど、この食事も、どうやって用意したんだよ。家にはロクな食材がなかったはずなのに』
関原が自炊をしようと試みていたのは五年以上も前のことで、フライパンや包丁、まな板にお玉、菜箸など、ある程度の調理器具は揃えていたものの、食材などはもう何年も購入していなかった。
また、関原には食べ物を送ってくれるような思いやりに溢れた両親はいない。
つまり関原家には、アルコールと水道水、いつの物かもよく分からないおつまみ以外にロクに飲食できる物がなかったのだ。
ムニエルが準備したと考えるのが妥当だが、丈の長いワンピース一つのみを身に着けて、鞄も何も持たない彼女がどうやって一瞬で食材等を準備したのか、甚だ不思議でならない。
『これ、まともな食い物なんだよな? 全く、腹減ったのに肝心のメシが得体すら知れないんじゃ、まるで食う気が起きねーよ。昨日は、まあ、何とかなったというか、別に食っても異常はなかったけど』
ブロッコリーを箸でつつき、頬杖をつく。
そうして空腹と得体のしれないものを食べる恐怖で戦っていると、後ろからポンと誰かに肩を叩かれた。
振り返れば、そこには関原の上司がいる。
「関原君、いつから君は時計も読めなくなったんだね。もう、三分ほど前にお昼の時間は終わっただろう。しかも、ロクに食べていないじゃないか。社会人にもなって好き嫌いばかりして、彼女さん……は、関原君にいるわけないから、お母さんか、おばあちゃん辺りかな。彼女たちに申し訳ないと思わないのかね。そんなだから、入社して何年も経つのに仕事ではミスをする、物覚えが悪い、態度も悪い、行動だって遅いんだよ。ここに、『時間を守れない』まで追加したら、君には何が残るんだね。ただでさえ能力がないんだから、人として最低限の行動はとり給え」
シンと鳴る室内で、やや声を張って、周囲の視線を集めながらネチネチと言い連ねる。
ニタニタと口角を上げ、嫌らしく目尻を下げ、辺りの社員を見回して一緒に嘲笑うよう同調圧力をかけた。
ふとした瞬間、隙を見せた部下を必要以上に責め立て、追い詰めること。
それが関原の上司の趣味だった。
そして、関原はそんな彼の被害に遭うことが多かった。
普段通り、周囲の社員が苦笑いを浮かべて針のような視線を関原に送る。
嫌な空気の中で関原が「すみません」と謝ると、上司は何度も彼を睨みつけた後に自分の席へ戻って行った。
『テメェは普段、五分も十分も送れてダラダラ飯食ってるくせに、よく言うよ。そもそも、俺が飯食う時間がなかったのはお前のせいだろ。お前がお前の指示で俺にさせた仕事が、お前が直せって言ったところが、結局ダメだったから俺が呼び出されて昼休憩中に仕事する羽目になったんだろ。そんなに急ぎの仕事だったなら、鈍くさい俺じゃなくてお気に入りの栄さんに頼めばよかったじゃねーか、クソが。大体、今の発言、パワハラにセクハラにモラハラだからな。テメーこそ、そんなんだから不潔なハゲなんだよ、しかも、不健康に痩せこけたビール腹のくせに、自分はスレンダーでイケてるとか勘違いしてるキメェ、カスなデブハゲなんだよ。このクズが!!』
心の中で悪態ついて、黙々と仕事を続ける。
結局、帰宅するまで弁当は食べなかった。
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