ep52.平和な日常へ
「外出を許可しましょう、エステル。熱が出ることも殆ど無くなりましたし、無理をしなければ大丈夫でしょう」
「本当ですか…!嬉しい、ありがとうございます!」
「ですが、長居は禁物ですよ。外に出るとしても、日傘は必須です。内臓も魔力回路も完治しているわけではないので馬車から出るのであれば車椅子で移動してください。分かりましたね?」
「はい!ありがとうございます」
あれから更に数日が経ち、ようやく外出の許可を貰えた。
過保護なまでの注意事項がたくさんあるのに、心が穏やかなものになる。
メイハムさんも心なしか嬉しそうな表情に見えた。
「…もし魔法を使おうものなら、魔力回路が治っていない今、エステルの身体がどうなるか分かりません。何があっても、魔法を使ってはいけませんよ」
「はい。自分の身体を大事にすると、大切な人たちと約束したので」
「良い心がけです。では、今日は殿下とのお出掛け、楽しんでください」
メイハムさんが外に出ると、エミリーが嬉しそうにこちらへ近づいてきた。
「良かったです。エステル様の体調が良くなって」
「うん、ありがとう。エミリー。心配ばかりかけちゃってごめんね」
「いえ、エステル様に任せるしか方法がなかったことが今でも心苦しいです」
エミリーは自嘲するような表情を浮かべた。
こんな表情にさせてしまうのは、従者をもつ人間として、あってはならないことだった。
「ううん、違う。私が悪いの。エミリーがそんな顔する必要なんてない。エミリーのためにも、これからはちゃんと自分の体を大事にする。約束するわ」
「…!エステル様のような主に出会えて、幸せです。生涯エステル様にお仕えする気ですので、長生きしてくださいね」
こんなに何度も心配をかけて不安にさせてきたのに、肯定的なことを言ってくれるとは思っていなかった。
エミリーは、本当に優しい…
「ずっとエミリーにそう思ってもらえるような主でいられるよう力尽くすわね」
「それはこちらの台詞ですよ。もし馬車の外へ出る際の日傘はお任せください。車椅子も本当は私が押したかったのですが、殿下がご所望ですので、逆らえませんね」
クスクスと笑うエミリーはすっかりいつも通りの彼女だった。
私が目覚めた日、エステルは号泣していた。
当然のことだなと納得するしかなかった。
怒りも罵倒も甘んじて受け入れたのに、エミリーは『自分の身を大切にしてください』と懇願された。
もう見放されたのではないかと不安になったが、どうやらそんなことはないようだった。
自分の身勝手さを反省して、これからは周りの、私を大切にしてくれている人のためにも自分自身を大切に出来るようになろうと、あの日、自分の中で誓いを立てたっけ。
「そうね、アイザック様が望んでいることだから。……ありがとう、エミリー。私の側にいてくれて」
「こちらこそです。さあ、そろそろ用意をしましょう。第二皇子殿下も楽しみにしていらっしゃると思いますよ」
そう言って、エミリーは身支度を手伝ってくれた。
下の階へ下りる際は浮遊の魔法を使える皇宮の使用人に手伝ってもらい、アイザック様のところへと向かった。
一緒にエミリーも来てくれて、手には日傘を持っている。
「アイザック様」
「ん、体調は問題なさそうだな。護衛は影で待機してるから、それだけ了承してくれるか?」
「もちろんです。私が出歩くことがあまりないことですからね」
地位のある人が市街に出向くことはあまりない。
あったとしても、領地を持った貴族が視察で訪れるくらいだ。
だからこそ、万が一のことがないよう対策は堅実にされている。
「そうだな。だが、エステルがどれだけこの国の人たちにとって救いとなったのか、新聞よりも、きっと王都の人たちがする実際の反応で分かるさ」
そう言って、アイザック様はゆっくりと車椅子を押し始めた。
玄関に出ると、エミリーが日傘を開き、影を作ってくれる。
「なんだかこうして外に出るのは久しぶりですね」
私は日常の何気ない会話のうちの一つで言ったつもりだったのだが、意外にも返答の内容と声は落ち込んでいるものだった。
「…すまない。全て俺のせいだ。俺が呪術になんてかからなければ、エステルが今の状態になることはなかったのに…」
アイザック様は車椅子のスピードを落とし、景色を見れるよう気を遣ってくれていた。
そんな優しい人に怒ることなど、出来るわけがない。
「では、アイザック様をこうして追い詰めてしまっているのは私のせいですね。もっと何か他の解決策があったかもしれないのに」
「違う…!「それなら」」
私はわざとアイザック様の言葉に少し重ねるように声を出す。
「私のことも、アイザック様のせいではありません。私の【気持ち】は、幸せなんですよ?なので、これは【アイザック様のおかげ】です!決して、私の【状態】を【俺のせい】なんて言わないでくださいね」
全て心からの本心故に言った言葉なのだけど、アイザック様は車椅子を進める足を止めてしまった。
そして隣にいるエミリーに声をかけた。
「……エミリー、俺はどうするべきだろう。日に日にエステルへの愛が強まるんだが…」
「っ__!?」
「私にもどうにもなりません、陛下。私もまた既に、エステル様の虜なので。元々愛されるべき御方なので、当然と言えば当然かと」
さも当たり前のように言うエミリーとアイザック様に、自分が耳まで赤くなっているのが分かった。
「愛され慣れていない我が婚約者も愛おしいのだが、これからはその愛に慣れてもらわないとな。国民もエステルに敬愛を示しているだろうから。それに俺も、次のステップに進めない」
エミリーとアイザック様の会話について行けず永遠と私自身の話を聞かされながら馬車へと乗り込んだ。…のだが…
「あの…?自分で座れるのですが…」
「いや、もし馬車が揺れでもしたらどうする」
「そんなに心配なさらなくても、同じ馬車ではないですか…」
「お前が良くても俺が落ち着かない。大人しく抱きしめられていてくれ」
馬車に乗った私は、何故かアイザック様の膝の上に座らされている。
私の腰に手を回して絶対離さないようホールドされていた。
私が離してと言っても離さないのに、窓の外が見やすいよう座る位置を窓側にしてくれたり、頻繁に体勢が辛くはないか、体調が悪くなっていないか、薬の効果は続いているかなど、まるで母親のように気を遣ってくれた。
そんなアイザック様のちょっとしたお願い事を聞かないわけにもいかず、私も大人しく抱きつかれることにした。
その様子を見ていたエミリーは、長年していたアイザック様の【影】という仕事をしていたおかげなのか、表情には出ていなかった。
けれど、一年以上も一緒にいれば分かる。
彼女は呆れていた。
しかし3人で過ごす時間はとても楽しく、少し離れた王都に着くまで、あっというまに時間は過ぎた。