ep46.帰還
(……戻って、来られた……)
呆けて、目を何度もパチパチさせていると、彼は私の上に水滴を垂らした。
そして、その愛しい声で私の名前を呼ぶのだ。
「エステル………?本当に、?夢を見ているんじゃ…」
「アイ…ザック…様…っ…ケホッ…」
「…っ!!水…!水を持ってくるから…!」
私が彼の名前を呼んだことで、本当に私の目が覚めたことが分かったのだろう。
慌てて水を持ってきてくれた。
「1人じゃ身体を動かすのは難しいだろうから、俺も手伝う。いいか…?」
「はい、お願いします」
上半身を起こすと、アイザック様は私にゆっくりと水を飲ませてくれた。
改めてアイザック様の方をよく見ると、目の下にクマが出来ているし、頬も痩せているような気がする。
私はアイザック様の涙を拭おうと、手を近づけようとする。
すると、アイザック様は怯えるように私の手を避けた。
「…どうして、避けるのですか?」
「……俺は、いくら謝っても許されないことをした…。エステルはきっと、俺の涙を拭おうとしてくれたんだろ?俺には、そんな優しいことをされる資格はどこにもない…」
(そんなことを言うなんて…)
「私は、久しぶりにアイザック様と話せて、目を合わせてくれて、嬉しかったですが、アイザック様はもう、私を愛してはいないのでしたね…」
操られていたとは言え、傷つかなかったと言えば嘘になる。
これくらいは許されるだろう。
「…なっ…そんなわけないっ、違うっ…!俺はっ…」
「愛してるなら、違うなら、抱きしめてください。あの時は、かなり痛かったのですから」
「…っ___!!」
アイザック様は、私の傷が痛まないようにと、優しく、されど私を逃さないようにと、囲うように抱きしめた。
「すまない…本当に、すまなかった……。俺が、お前の精神も身体も傷つけてしまった…。いくらでも罵って、軽蔑してくれ…。エステルが倒れて、3ヶ月が経ったんだ…怖かった。もう二度と、エステルの目が覚めなかったらどうしようかと…」
(それは、アイザック様だけじゃないよ…)
「アイザック様、…私も、怖かったのです…。もう優しい目を向けてくれないのだと…思ったとき、…愛しては、くれないのだと…思ったとき、隣に、私ではなく…王女様が、立っていたとき、っ、…」
「エステル…、?泣いて、いるのか…?」
抱きしめられて、互いに顔が見えない状況でも、分かってしまう。
知られてしまう。
抑えることが出来なかった。
ヒックヒックと、喉元が痙攣してしまい、声が出せない。
(私が思っていた以上に、怖かったんだ……。もう、アイザック様が私を見てくれないと感じた時……でも、それ以上に嫌だったのは…)
それでも、今言葉を紡がないといけないような気がして、私はアイザック様の服を掴み、抱きしめ返す。
「でもっ…、何より…、アイザック様が、自分の感情をっ、素直に出せない、ことが、怖くて、悲しくて、嫌なのです…」
「…!」
「アイザック様に、かけられていた呪術は、もう、あなたを縛ってはいませんか…?あなたの心は、ちゃんとあなたが持っていますか…?」
考えることを遮られてはいないか、後遺症なく、生きられているか、そればかりを考えてしまう。
やがてアイザック様は、私をそっと離して、頬に流れる涙をそっと掬ってくれた。
そのまま頬に手を添えられる。
アイザック様の顔は、『どうして』と言いたげな顔をしていて、私も思わず、アイザック様の頬に手を添えた。
すると、アイザック様はいつかの日のように、私の手を支えるように覆う。
「…ああ、もう解けたよ。エステルのおかげだ…。だが、エステル…、頼む。もっと自分のことを考えてくれ。エステルの身が危険な目にあって、悲しむ人間が大勢いることを知ってほしい。もちろん俺も…」
「ですが、大切な人を救えたことに、後悔はありませんでした。例えアイザック様の言った言葉が本当だとしても、私は迷うことなく、同じ選択をしますよ」
私がそう言うと、アイザック様は自分の顔を私に近づけて、頬に口付けを落とした。
「エステル…お願いだ…今回ばかりはエステルの言うことは聞けない。だから「それなら」」
私はアイザック様の言葉を遮って、今度は私からアイザック様に頬に口付けを落とす。
「アイザック様も、自分のことを大切にしてください。きっと罪のない人を傷つけたら、アイザック様は傷つくと思ったから。どうしても守らないといけないと思ったんです。もちろん私の行動が正しいとも思っていません。ちゃんと反省して、これからは自分のことも大切にするつもりです。ですが、結果論になりましたが、私もちゃんと帰ってきました。だから、アイザック様は罪のない人を誰も殺していませんよ。もう肩の力を抜いて、アイザック様も休んでください」
(どうやら、今日はアイザック様がよく泣く日みたいね、でも、そうよね…、私だって、好きな人が3ヶ月も眠っていたら、涙が止まらないと思う…)
ポロポロと涙を流すアイザック様に、私は告げる。
「ありがとうございます。帰ってきてくれて」
「…そんなの、こっちのセリフだ。ありがとう。エステル。俺たちの元に帰ってきてくれて。また、俺に希望という名の光を照らしてくれて。愛してるよ。もう二度と、『分からない』とも『愛していない』とも言わない。何があってもだ。俺の名前と命にかけて誓おう」
アイザック様は私の手の甲に唇を当てた。
「では、私も誓います。生涯あなたが幸せに生きられるように、誰かに縛られることなく、幸せに生きられるように、私に側で支えさせてください」
「…エステル、【俺たち2人】の誓いもしようか。どんな感情であろうとも、2人で分かち合うこと。互いが幸せでいるために、互いが互いを大切に、自分自身も大切にすること。絶対無理はしないこと。これは誓いでもあるし、2人だけの約束だ」
「…!はい。お約束します。愛しています。アイザック様。どうかこの身が尽きる時まで、お側にいさせてくださいね」
「何を当たり前のことを。エステルには側にいてもらわないと、俺が困るんだ。俺も愛してる。可愛い、俺の愛しのエステル」
私たちは、互いの存在を確かめ合うように、丁寧に唇を重ねた。
◇◇◇




