ep44.苦しい、悲しい《アイザック視点》
◇◇◇
エステルが倒れて1ヶ月が経つまでは、予断を許さない状況が続いた。
俺が刺した傷にエステルの言霊の魔法による代償、更には王女が本来受けるはずだった呪いの代償まで、エステルの身体は請け負い、今もその苦しみの最中にいた。
本来ならエステルの身体は耐えきれず、即死の可能性が高かったのだが、腹部の傷を兄上がすぐに手当してくれたことがどうやら大きかったようだ。
それでも、呪いの代償、魔法の代償、耐えられるはずはなかった。
そんな時に思い出したのは、エステルが言っていた、黒竜の加護だった。
黒竜の加護がなければ、あまりにも重たい二つの代償を受けて、生きられるわけがなかった。
加護のおかげで、なんとかエステルの小さな灯火が、今も懸命に頑張ってくれているのだ。
しかしそれでも、完治しているわけではない。
魔法で治せる傷は【目に見える外部で負った傷】に限られている。
つまり、エステルの言霊の魔法の代償によってボロボロになった内臓が治っているわけではない。
そのうえ、呪いが身体を蝕んでいることが目で見て分かる。
呪いの模様らしきものがエステルの身体の半分を覆っている。
顔にまで到達しており、既に半分ほど模様に到達していた。
毎日、治療を専門とする魔法師の医者と、医療技術を専門とする医者とで、つきっきりでエステルの側にいた。
高熱に魘され、毎日荒々しい息が聞こえ、満足に眠ることさえ出来ないエステルに、俺は濡れたタオルを額にかけて、首や脇下など神経の通ってるところに氷を当ててやることしか出来なかった。
人は熱が異常に高い時、幻覚や幻聴に襲われる。
だからなのか、毎夜強張った表情でいるのは。
毎日が【峠】だと言われ、メイハムでもいつエステルの容態が急変するのか検討がつかなかった。
だから覚悟しておいてほしいと、ずっと言われていた。
やがて俺は、夜に眠るのをやめた。
メイハムとエミリーがエステルの部屋に来てから、俺は少しだけ仮眠をとり、それから仕事を始める。
夜はメイハムもエミリーも休んでいるため、俺が側にいることにしたのだ。
エステルの容態が急変した時、すぐメイハムを呼べるように。
俺は謝りながら、エステルの手を握りながら、祈ることしか出来なかった。
こんなにこの地位が無力な立場なら、俺はこの立場などいらないと思った。
俺に医療の才があれば、魔法の、治癒の才があれば、どれだけ良かったことだろうかと、嘆いても無駄なことを、ひたすらに嘆いた。
そうして更に1ヶ月が経った。
エステルの容態は奇跡的に安定し、死の危険は無くなった。
内臓が治っているわけでもないし、しばらくはこれまでと同じような生活は送れないと言われている。
そもそも、いつ目覚めるのかも分からない。
だが、悲しいことばかりでもなかった。
呪いの代償が…、目に見えて分かる模様が、◇◇◇
エステルが倒れて1ヶ月が経つまでは、予断を許さない状況が続いた。
俺が刺した傷にエステルの言霊の魔法による代償、更には王女が本来受けるはずだった呪いの代償まで、エステルの身体は請け負い、今もその苦しみの最中にいた。
本来ならエステルの身体は耐えきれず、即死の可能性が高かったのだが、腹部の傷を兄上がすぐに手当してくれたことがどうやら大きかったようだ。
しかしそれでも、完治しているわけではない。
魔法で治せる傷は【目に見える外部で負った傷】に限られている。
つまり、エステルの言霊の魔法の代償によってボロボロになった内臓が治っているわけではない。
そのうえ、呪いが身体を蝕んでいることが目で見て分かる。
呪いの模様らしきものがエステルの身体の半分を覆っている。
顔にまで到達しており、既に半分ほど模様に到達していた。
高熱に魘され、毎日荒々しい息が聞こえ、満足に眠ることさえ出来ないエステルに、俺は濡れたタオルを額にかけて、首や脇下など神経の通ってるところに氷を当ててやることしか出来なかった。
毎日が【峠】だと言われ、メイハムでもいつエステルの容態が急変するのか検討がつかなかった。
だから覚悟しておいてほしいと、ずっと言われていた。
やがて俺は夜に眠るのをやめた。
メイハムとエミリーがエステルの部屋に来てから、俺は少しだけ仮眠をとり、それから仕事を始める。
夜はメイハムもエミリーも休んでいるため、俺が側にいることにしたのだ。
エステルの容態が急変した時、すぐメイハムを呼べるように。
俺は謝りながら、エステルの手を握りながら、祈ることしか出来なかった。
剣の才は、確かに人を守れる。
これまでだって、国民を魔獣や悪人から守ったことは何度もあるし、危害が及ぶ前に防ぐ力を持っている。
だが、今のエステルを見ると、無性に後悔する。
剣は、未然に防げなければそれまでなのだと。
こんなに無力な俺は、エステルの隣にいる資格なんてものは、おそらく毛頭ないのだろう。
それでも側にいると決めたのは、離れたら、エステルが泣いてしまうような気がしたからだった。
そうして更に1ヶ月が経った。
容態は奇跡的に安定し、死の危険は無くなった。
内臓が治っているわけでもないし、しばらくはこれまでと同じような生活は送れないと言われている。
そもそも、いつ目覚めるのかも分からない。
だが、悲しいことばかりでもなかった。
呪いの代償が…、目に見えて分かる紋様が、少しずつ顔から引いてきているのだ。
…代わりに、エステルはよく涙を流すようになった。
また俺は、何も出来なかった。
俺がしたことと言えば、エステルの涙が止まるまで、抱きしめることだけ。
これさえもエステルに届いているのか分からない。
それでも、やらない選択肢などなかった。
毎晩のように流す涙は、エステルをゆっくり眠らせてやれない原因になっていただろうから。
せめて少しでも、エステルの言っていた【温かさ】を与えられるように。
俺は抱きしめ続けた。
「ごめんな、エステル。大丈夫だ。俺がいる、お前を独りにはしない。もう二度と、絶対にだ。だからもうゆっくり休め。エステル。愛してる」
「ごめん、不安にさせてごめんな。いくら誤ったって消えない傷を、俺はエステルに残してしまったよな。頼む…謝る機会を、どうか俺にくれないか。いつまでも待つから。絶対に、お前の側から消えることはないから。ずっと、愛してる」
「エステル、お前は、ずっと、これまで努力をし続けて来たんだ。それは俺が一番知ってる。だから、もうこれ以上無理をする必要はない。俺が生涯守るから」
「エステル、俺にかけられた呪いは、エステルのおかげで解除された。人のために、自分のことを顧みないエステルは、確かにかっこいい。でも、その裏に、悲しむ人が多くいることも、いつか学んでくれ。愛してる、エステル」
「愛しいエステル。俺が呪いにかかって、お前を傷付けたから、泣いているのか…?本当に、ごめんな。その涙さえも、俺のせいならば、目覚めた後も、二度と俺を許さないでくれ」
毎日、毎日、エステルが涙を流すたび、俺は必ずエステルに言葉を送った。
これくらいしか、出来ることが無かったから。
更に1ヶ月が経った。
模様は消えて、ようやくエステルの穏やかな寝息が聞こえるようになった。
ゆっくり眠れるようになるまで3ヶ月もかかるなんて、申し訳なさと後悔と、それでも眠れるようになった安堵とで、エステルに対する様々な気持ちが波となって押し寄せて来る。
だがやっとの思いで、エステルは心ゆくまで休めるんだ。
(俺の近くにいると、エステルはいつも酷い目に遭う。にもかかわらず、俺は…)
「…エステルに、隣にいてほしいと、…願ってしまうんだ………」




