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忌み嫌われ皇女が愛を知るまで  作者: 小鳥遊
第三章/愛を知るまで
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ep39.懺悔《アイザック視点》








 その瞬間、頭の中に入ってくる、心地よい声がした。

 言葉は途切れ途切れなものなのに、頭がスッキリして、冴え渡り、ずっとこの心地よい声に浸っていたくなるものだった。




「『エステルの名に置きて命ず。トリステッツァ・シェラード王女に…より、かけられし。アイザック・ブランドンの呪ひを…解呪せよ』」



(エステル……?ダメだ…。それをしたら、エステルは___っ!)


 どうしてその言葉を発せないのか。


 俺の中にある別の脳や人格が身体を支配しているような感覚で、思ったように声を出せない。


 伝えないといけないのに。


 俺のために魔法を使うなと。


 そんなことをすれば、その代償がどれだけ大きなものになるか、想像もつかないこと。


 頼むから、…俺の命より、心より、自分の命を優先してほしいこと。


 全部心の中で思うだけで、実際に声を発せられない。


 まだエステルに関する事象を言うことを遮られている状態であるからなのか、はたまた呪いを発動した人物が変わったことによる誤作動が何かなのか。


 

 俺のやめてほしい気持ちに反して、エステルの言葉は着々も完成を描いていく。

 


「『後遺症なく、自在に…生きらるる、体へ。戻したまへ。感情、行ひ、全ての…縛らるることなく、思ふが…。ままに、表現うる…世を、やるべかるべく。そのための…代償は、厭はず。いかでか……我が願ひに。応へたまへ』」


 だんだんと、不規則な言葉を紡いでいくエステルには、限界がもうすぐそこまで来ているのだと分かる。


(なのに…また俺なんかのために、命をはって…)




 俺がこれを言霊だと認識するのに、少し時間を要した。


 エステルが言霊を唱えると、俺とエステルの周りが球体で囲まれていった。


 球体の中は、重たい身体が楽になり、思考回路も、詰まりが取れたように軽くなった。

 思考の自由も、身体の自由も、声の自由も、ようやく戻ってきた。


 やがて球体が消えると、俺の目の前にいたエステルは、ずるっと前に倒れてきた。


 もうずっと、限界だったのだ。



 剣で刺され、呪いの代償の相手を移すという、呪いの代償とはまた別の、私自身の言霊に対しての代償、そして、俺の呪いの解呪。




(っ__!!…エステルは確か…!)




 慌てて仰向けにすると、エステルは口から血が吐き出していて、銀色に光っていた俺の剣は、真っ赤に染まっていた。


 血生臭い匂いも、自分が少し前まで持っていた愛用していた剣も、怖くはなかったのに。


 …なのに俺は、その光景が酷く怖く、妙な焦燥感に駆られた。






 俺が、刺した……

 俺が、エステルの生きる権利を、奪った…!






「エステル!エステル!!頼む…生きてくれ…!エステル…エステル……お願いだ…」



 何度も彼女の名前を呼ぶ。


 だが、エステルの瞳は虚で、呼吸をするのも辛そうだ。

 声を出すなんて、もっての外だろう。



 やっと、エステルを見れた。

 彼女の瞳を、彼女を視界に捉えられたのに、ようやく見た姿は、あまりにも惨くて、その酷いことをしたのは、俺だという事実が、吐き気を催すほどに苦しかった。



 あれだけエステルに対して辛い思いをさせないと誓った言葉の数々が、今は見栄だったのではないかと思えてならない。


 人を守る力があるはずなのに、俺はいつもその力の使い方を間違える。





(ああ…俺以上に苦しいのは、エステルなのに…)





 歯を食いしばり、どうにか自分の感情を制御しようと奮闘する。

 だが、そんな努力も虚しく、エステルは俺の頬に手を添えた。


 もうどこを動かすにも辛いはずなのに。


 エステルは、俺の頬に触れてくれた。



 だが、その手から、人の温度は感じ取れなくて、慌てて、エステルが添えてくれた手を支えるように触れた。



「エステル、すぐに医者が来るから。もう少しだけ耐えてくれ…!」



 俺の声が届いてるのか届いていないのか、変わらずエステルの瞳は虚なまま。

 それでも、俺の方を見てくれているのだけは、確かに伝わった。


 既に腕の力が抜けているのも分かっていた。

 それでも俺はエステルの手を離すことがどうしても出来なかった。

 この手を離したら、本当に手遅れになってしまいそうで。

 エステルの瞳が閉じないように、なんとか話す。



 その虚な瞳に、開けるのも辛いであろう瞳に、俺のことを視界に捉えてくれていることが、嬉しいはずなのに、酷く苦しい。




 思わず、視界がボヤける。




 そんな時、一瞬、俺とエステルの魔力が繋がる気配があった。…聞こえる、確かなエステルの声。


『アイザック様、心から、愛しております』




(…っ!!テレパシー…!?)




 歪む視界を擦り、慌てて焦点を合わせる。

 すると、エステルは微かに口角を上げて、小さな、とても小さな微笑みを浮かべる。


 その笑顔は、いままで見た中で一番の笑顔だったようにも思えるし、全てを、生きることを諦めてしまったようにも、…思えてしまった。


 






 ……そして、エステルの瞳は閉じられた。








「…エステル……?エステル、エステル…!__っ…!…医者…早く、医者を……」



「どけ、アイザック」



 荒々しい口調で俺の名前を呼ぶ声のする方へと顔を上げる。







 そこには、俺と同じくらい強く歯を食いしばる兄上がいた。






「…エステルが……エステルを…!「お前が冷静になれなくてどうする!」」



 兄の怒号を聞いたことがなかった俺は、頭を鈍器で殴られた衝撃と痛みが走った。

 その瞬間、焦っているのは俺だけではないと自覚した。



 兄上は次期皇帝になる。

 絶対にだ。


 俺の派閥もいるが、俺は既に皇帝にはならないと宣言している。


 だから、兄上の威厳を守るためにも。

 俺たちは兄弟だから、何年も一緒に過ごしているから、どれだけギクシャクしていても、互いの気持ちが分かる。


 そのおかげで、兄上の声を、俺が代わりとなって、言っていた。


 兄上の心の気持ちを代弁することによって、兄上はいつも冷静な人間で的確な判断が出来る皇族だと、周りにいる人間たちからも憧れの目で見られていた。



 けど、本当の兄上の姿を、俺は知っていた。


 はずなのに、どうして忘れてしまっていたのだろう。



 兄上は、飄々としているし、感情を表に出すことはない。


 ところがその裏には、情に熱く、誰よりも優しく、自分の心の扉を開けて入ってきた人たちには、最大限の慈悲深さを現す。





「私が!聖属性と光属性の魔法の使い手だということを、忘れたわけじゃないだろうな…?必ず救ってみせる。私とて、国の1.2を争う魔法師だ…」



(兄上に…怒号を発させてしまったな……。俺も、焦っている場合じゃない…。この場は、皇族としての俺でいないと……)




 それからの俺は、思考だけは冷静になり、おそらく貴族や医者に指示を出していた…と思う。

 …あやふやなのは、記憶が朧げだからだ。

 気が付けば俺は、エステルが眠っているベッドの近くにある椅子に座っていた。




 俺は、祈るように両手でエステルの手を包み込んでいた。




「ごめん…、全部俺のせいだ…。頑張ってくれたんだよな…。俺が正気じゃない間、エステルは、ずっと…」




(お願いだ…、生きてくれ…。言いたいことが…謝りたいことが…たくさんあるんだ…)





◇◇◇

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