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忌み嫌われ皇女が愛を知るまで  作者: 小鳥遊
第三章/愛を知るまで
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ep38.アイザック・ブランドン《アイザック視点》

 

 初めに王女に抱いたのは、微かな違和感だった。


 特に何かをしてくる気配もなく、ただただ毎日が過ぎていった。


「おはようございます、アイザック殿下。とても良いお天気ですわね」


 頭が、考えることをやめてくる。


 働かせなければいけない脳が、上手く機能しない。


 俺の頭の中は、【王女の側にいなければいけない】と、その思考でいっぱいだった。


「ああ、おはよう。トリステッツァ王女。良い天気だな」


(いつのまに、こんなに親しい間柄になっていたのだろうか)


(互いに、下の名前で呼ぶほど、仲が良かっただろうか)


 それ以上考えようとすると、酷い頭痛が、考えることを遮った。


 度々、疑問には思う。


(俺は、こんな表情をエステル以外に見せても良かったのだろうか…)




(エステル以外の部屋へは、入って良かったのだろうか)




(このガゼボには、もっと連れてくるべき人がいなかっただろうか)




 少しでも疑問に思うと、来るのは酷い頭痛だけ。

 次第に、考えることをやめた。


 …やめてしまった。


 王女に関することしか考えられなくなっていったある日、俺はエステルに出会った。


(いつもは魔塔にいる時間じゃないか?)


 この疑問は、何故か頭痛は起きなかった。


 名前を呼ばれたので返事をすると、お茶をしないかと誘われた。


 咄嗟に「何故?俺がお前といる理由はないが」と、言葉にした。


 だがすぐに、疑問に思う。


(俺はエステルに、こんな態度を取る人間だったか?エステルに対してこんな悪態を突く理由は…)


__刹那、またもや酷い頭痛に襲われ、俺の思考を遮った。


 度重なる頭痛に、俺は嫌気が差してきていた、そんな時。

 エステルは言った。


「アイザック様は、私のことがお好きですか……?」




(ああ…考えるのも面倒くさい…。どうせ考えて、また頭が痛くなるなら、もうずっと、王女のことを考えておけば良い。王女のことを考えている時は、頭痛が起きないから…)


 だから、心にもないことを言った。

 その時の俺は、適当に流せばいいと、思っていた。


 その言葉が、どれだけエステルの心を抉っているのかも考えず、俺は言ってしまった。


 後からどれだけ後悔しても、言ったことを取り消すことも出来なければ、傷ついた心だって、簡単に治せるものでもないのに。


「…さあな。どうでも良いだろう、そんなこと。それより、俺はこれからトリステッツァとお茶なんだ。邪魔をするなよ」


 これ以上エステルのことを考えたくなかった俺は、王女のことだけを考えることにした。


 取り返しのつかない事を言ったと、その時の俺は露知らず。

 エステルの顔さえも、見れなかったのだから。



 それからは、王女のこと以外に考えるのをやめてしまった。


 1日をずっと王女と過ごし、剣の訓練もやめていた。

 訓練よりも、王女との時間の方が大事だと、思考が判断していた。


「『命令よ、ずっとわたくしと一緒にいるの。余計なことを言ってはダメよ?』分かった?」


「もちろん。俺はトリステッツァのことだけを考えている」


 しばらく、何も疑問に思わない生活を過ごした。

 そんな時、謁見の間に行くことになった。


 着くと、父上と母上、そして、王女がいた。

 当たり前のように着席し、トリステッツァと目を合わせる。

 どうして彼女が座っているかなど、疑問に思うはずもなかった。


 しばらくすると、謁見の間の扉が開いた。

 そこから入ってきたのは、兄上、王女の執事、そしてエステルだった。


 ぼーっとした頭で、話を聞いていたが、何も内容が入って来ない。

 王女のことさえ考えておけば、俺が酷い頭痛に悩まされることはない。


 だから何か別のことを考えなくとも、王女のことさえ考えていれば良い。


 俺の頭の中に入ってくるのは、王女の声だけ。

 その王女が、話を開始してしばらくした頃、取り乱し始めた。


 そして、突如として、俺の思考は1つのことしか考えられなくなる。


《この国の第一皇子とウィル・ブロワを殺しなさい》


 この言葉を、そのまま自分の思考と認識した。


 王女が言った順番通りに殺そうと、俺は始めに第一皇子に襲いかかる。


 第一皇子は国の中でも1.2を争う魔法師の実力者。

 それなりに距離がある今、俺の攻撃が届くことはない。


 それでも徐々に距離を縮めていたその時、俺の思考は少し変化する。

 それは、またもや頭の中に直接響いてくるようだった。


《アイザック・ブランドンに命令する。ウィル・ブロワを先に殺しなさい》


 頭の中に直接の響いたものを、自分の思考と認識した俺は、鍛えた瞬発力を発揮し、消えるように第一皇子の前から退き、ウィル・ブロワの前に立った。


 そして、剣を刺す。

 生々しい音が鳴り、目的は達成されたかのように思えた。


 




 だが、俺が身体を貫いた人物は、男では……なかった。





 確かに俺は、ウィル・ブロワを目掛けて剣を突き刺した。

 



 なのに、目の前で口から血を出し、それでも尚立って見せるのは、少年ではなく、少女だった…。




 違う人間…少女を刺してしまったことによるこの気持ちは、何故だか酷く苦しくて、頭痛による苦しさよりも、遥かに重かいように感じた。




 この重たい気持ちの正体を探している間に、俺は言霊を唱えられ、手から剣を離していた。


 彼女が俺の前から離れてようやく我に帰った俺は、剣を取り返そうと動こうとする。

 が、数人の手だれの騎士が俺を完全に捉えており、もはやどう動こうにも騎士から逃れることは無理な状況だった。


 だが俺は、頭の中に響いているウィル・ブロワを先に殺すということをまだ達成出来ていない。

 どうにか脱せる方法はないかと、しばらく踠いていると、目の前に、先ほど剣を刺した少女が、フラフラとした足取りでこちらへ来た。


 口から出た血の痕はドレスにかかっており、銀色に光る剣からも、血が滴っている。

 それは少女の道筋を示していた。


 刺されても尚近づいてくる少女は、虚な目をしている。


 おそらく、長くは持たない。


 早く剣を抜いて、ウィル・ブロワと第一皇子を殺さなければと、また思考にモヤがかかってきた時、不意に騎士たちが俺を放した。






 と、同時に、俺が剣を突き刺した少女…………エステルに、よって、抱きしめられていた。





(……?ぁぁ………エステル…?何故俺を抱きしめている…?)


「剣が邪魔ですね。私が眠ったら、ちゃんと抜いてくださいよ?それと、私に何があっても、王女殿下を殺してはなりませんよ」

 




(エステル?何を…、……待て…。待ってくれ……もしかして、俺が刺したのは………)





「アイザック様、私、幸せでした。ここに来てからの一年、温かいことばかりで。それは全て、アイザック様が、この国へ、連れてきてくださった…ことが。始まり、なんですよ」





(エステル…、何故別れの言葉みたいに言うんだ?…なあ、俺の杞憂であってくれよ…。エステル…、顔を、見せてくれ……)





 誰が見ても、誰の身体に剣が突き刺さっているのか、誰が話しているのか、全て明白だった。


 どうしても信じたくなくて、酷く痛む頭を抑えてでも、俺が考えなければいけないことのような気がした。




「温かい、幸せを教えてくれて…、心配、してくれて、…愛してくれて…。救ってくれて、…私に、家族という…存在を、くれて…。ありがとう、ございます」





(エステル…!俺はまだ、何も与えることが出来てない…!ダメだ…ダメだ、エステル…)




「ゴフッ……っ、もう、時間が経つの…早いなぁっ…」




 抱きしめられているため見えないが、【ビチャ】っという、床に何かが零れ落ちる音だけが、鮮明に聞こえる。




「そろそろ、お別れですね。ここにいるみなさんも、本当に、ありがとうございました…」




(…!お別れ…?何故だ…!お前は生きて、これからの生を楽しむ権利のある人間ではなかったか…?)





 今までたくさん苦しい思いをした分だけ

 たくさん辛いことを経験した分だけ

 他人のためにしか動けない心の優しさの分だけ




 幸せになる権利が、あったのではなかったか…






(いや…違う…俺が、奪った……。俺が…!)







 考えることが出来るのに、なのに…!、頭の片隅に、まだ残っている。




 《ウィルブロワを殺せ》

 《第一皇子を殺せ》



(どうすれば、この思考が消える…!俺は…俺は…)








 _エステルを第一に考えなければいけないのに!_







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