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忌み嫌われ皇女が愛を知るまで  作者: 小鳥遊
第三章/愛を知るまで
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ep36.恩返し


 私の口からトリステッツァ王女の名前が出たことで、王女は我慢出来ず口を挟んだ。


「先から聞いていれば、どれも全くの出鱈目ですわ。もしかして、わたくしを、ひいてはイリーガル王国を陥れようとしていらっしゃるのですか?他国からわざわざ来た来客を、無碍にいたしますの?」


(あくまで虚勢を張るトリステッツァ王女には申し訳ないけど、今だけは我慢して。もう少しで、解放してあげられるから…)


 私も、祖国から良い扱いを受けて来なかった。


 だからこれは、ただの同情心…、それと、王女の側には、自分を理解してくれる人がいて良かったね。

 という、少しの皮肉。


 これくらいは、許してほしい。


 互いに嫌われていた皇女、王女同士、どこか違う場所で出会えていたら、仲の良い親友くらいにはなれただろう、なんて、夢物語を描いてしまうくらいに、私はもう、トリステッツァ王女の話を聞いてから、肩入れしてしまっている。


 話したこともない、加えて、人の婚約者を取り上げくる人間なのに、どうしても、心の底から憎むことなんて出来なくて。


 だけど、アイザック様を返してほしいのも私の本当の思いだから。

 

 せっかく微笑むようになったアイザック様の心が、呪いによって縛られるのは辛いと思うから。


「王女殿下。これは貴方の唯一の執事、ウィルから頂いた証拠です」


 そうして見せたのは、呪術を使うための、陣。

 複雑な式が書かれてあり、それは紙でありながらも、絶対破ることの出来ない証明。



「……………………」


「王女殿下、私が、貴方様をお救い致します。ですからどうか、抵抗せずに、私の魔法を受け入れてくださいませんか」






 本来なら、ここでトリステッツァ王女が抵抗しないでいてくれることを願っていた。







 ………しかし、最近は上手くいかないことがどうにも多い……









「……い、…るさい、うるさいうるさいうるさい…!」


 トリステッツァ王女は綺麗なツインテールの頭を掻きむしり、呪文のように唱えた。



「誰も私のことなんて分からない!分かるはずがない!救う?そんなことが出来るなら、初めからやってたわよ!でも出来ないんですもの!何をやっても、あの国からは逃れられない…!どの道、これが失敗すればわたくしは殺されるの!だったら、せめて滅茶苦茶にしてから死んでやるわ!《アイザック・ブランドンに命令する。この国の第一皇子とウィル・ブロワを殺しなさい》…ふふっ、救ってあげたのに、アナタも私を裏切るのだから、同罪よね」


 刹那、アイザック様は第一皇子のいる方向へと真っ直ぐに向かった。


「エステル!ウィル・ブロワ!今すぐに私から離れろ!」


 剣と魔法が交差する音が後ろから反響する。


 トリステッツァ王女は命令した時点で周りにいた騎士たちに捉えられており、壇上から下ろされていた。


 ウィルと共に動き、私たちはトリステッツァ王女の方へと近づく。




「…!近づかないで!来ないで!」



(それは出来ない…、ごめんね。解呪するには、これしか方法がないから…)




「…!来ないでって言ってるでしょう!!」



「それ以上無礼な真似をするならその口を切り落とさなければならなくなります!」


 騎士が王女を捕まえながら怒号を発する。


「ああ…、五月蝿い…!私は王女よ!…もういいわ…それなら、《アイザック・ブランドンに命令するっ…!》」


 命令しようとした瞬間、騎士がトリステッツァ王女の口をハンカチで塞ぐ。


 ところが、トリステッツァ王女の瞳はニヤりと三日月を描いた。


 その時、先程まで第一皇子殿下と戦っていたアイザック様が眼前まで迫っていた。

 




 そして彼が向く瞳の方向は……










_______グサッ……_______













 肉を切る惨たらしい音。







 剣滴る赤黒い液体。








 額から垂れる酷く冷たい汗。






 

「ゴフッ…ガハッ……」




「…っ!どうして…!何故あなたが…」




 悲鳴のように言ったのは、王女の執事、ウィルだ。




「…王女殿下を救うには、唯一の幼馴染である、あなたが、生きていないと…ね?」



「…っ______!!」

 






 魔法を使う暇はなかった。





 つまり、これが最善だった。





(やっぱり、国1番の騎士様には敵わないみたい)




 私は、隠し持っていた魔力水を飲んだ。


 身体の負担も、私が生死も、どこまで酷いことになって、どんな後遺症が残るかも、分からない。


 でも、もういい。


 今この時が、私を祖国から救ってくれた恩を返す時だと思った。




「第二皇子殿下…『エステルの名におきて命ず。手に持てるその剣を離せ。いかでか我が願ひに応えたまへ』」


 私が言霊を放つと、アイザック様の手は機能しなくなってしまったかのように、私に刺さっている剣を離した。


「みなさん、少しだけ、第二皇子殿下を抑えておいてください」


 血だらけの私に手を差し伸べようとしてくれる人たちの行動を制して、私は命令を下した。

 これは、私が初めてする【命令】だった。


 難しい表情をしながらも、またウィルの方へと向かいそうなアイザック様を複数の騎士で取り押さえる。


 アイザック様はこの国一番の騎士だ。

 そのため、抑えるのは人が多くないと難しい。


 第一皇子殿下も、抑えるのに協力してくれている。

 どれだけ泣きそうな顔で見られようとも、私の覚悟は、もう決まっている。


 少し離れたところで抑えてくれているのも、彼らなりの配慮だろう。


「あははハハ!知らなかったのね!言葉にしなくても、心の中で思うだけで呪いは発動するの!」




 私はそのまま、すぐ側にいる王女殿下を抱きしめた。



 王女殿下の虚勢も、もう何も刺さってこなかった。




「大丈夫です。必ず貴方を救います。どうか今だけは、私を信じて、私の魔力を受け入れてください」


「はっ…?あんた会話出来ないの?」


 私が人に直接魔法を使うには、1つだけ条件がある。

 それは、一度でも私の魔力を受け入れようと思うこと。


 私が第一皇子殿下に首を絞められた時に言霊が通じたのも、皇后陛下やアイザック様を救えたのも、そもそも、1番初めに、私が記憶を共有する際、彼らが魔力を受け入れているからだ。


 だから今回、トリステッツァ王女は、私の魔力を受け入れようと思わない限り、私が言霊を彼女に放つことが出来ないのだが、どうやら、まだ少し怖いようだ。


 その気持ちが、痛いほどに理解出来る。

 人の善意を受けることがない人間はまた、その善意を受け取ることが酷く怖く感じるのだ。


「トリステッツァ王女、大丈夫ですよ。もうすぐで、イリーガル王国の悪事や、貴方にしてきたことが、全て明るみになります。……まだ、間に合います。罪を償ったら、あなたの大切な人と、一緒に暮らすのは、どうですか…?想像したら、とても、楽しくありませんか?」


「何を……」


「ウィルは、あなたを救うために、イリーガル王国という、地獄から、あなたを救うために、私に、情報をくれたのです。そんな、ウィルのためにも、あなたが、呪いで死ぬなんてこと、あってはいけないでしょう…」


 まだ、アイザック様への解呪が残っている。


 ここで気を抜くことは、決してしてはならない。


 剣を抜かないのは、今抜くと出血多量で死ぬだろうから。

 すぐに抜いた方が、感染症とかにはかからないと思う。でも今は、そんなこと言ってられない。


(最後の一押し…)


「あなたが大切にすべきことは、自分を見てくれない家族よりも、自分の隣にいてくれる人を、もっとよく見て、知ることです。ウィルの顔を見てください…ウィルは今、どんな顔をしてますか…」


「…あ………あぁ…」


 抱きしめているため顔を見ることは出来ないが、嗚咽が鮮明に聞こえる。


「もう、頑張らなくても…良いですよ。善意を、受け入れること、最初はとても、難しいですよね。詳しくは言えません、が、私も、そうでしたから」


「えっ…」


「ですが、初めて、人の優しさを受け取った時、優しさを…与えてくれた、人の方が…嬉しそうな顔を、していたのです。だから、あなたも、人の優しさに、善意に、好意に、甘えても良いんですよ」


「____っ…!」




(ああ、やっと、受け入れてくれるみたい…)





「受け入れてくれて、ありがとう、ございます…『エステルの名に置きて命ず。トリステッツァ・シェラードにより契られし呪ひの代償を、我にさながら移したまへ。例外は認めぬものとす。いかでか我が願ひに応へたまへ』」


「あなた何を…!?」


「どうせ死にゆくものの、もうあまり持たないであろう命です。どうか罪悪感を、覚えないで、くださいね。あなたは…必ず生きて」


 私はトリステッツァ王女を抱きしめるのをやめて、フラフラとした足取りで立ち上がった。


 トリステッツァ王女の状態は放心状態に近く、すぐに騎士たちによって拘束され、一旦は貴族牢に入れられると思う。


 後ろは振り返らず、力の入らないのを魔力で補って、ゆたゆたと歩く。


 アイザック様は、まだ暴れている。

 先程私がトリステッツァ王女にした言霊は【代償を私に移す】こと。

 だから、まだ完全に解呪は出来ていない。




「みなさん、もう…離してくださって、大丈夫ですよ」




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