ep34.協力者
「僕とトリステッツァ王女は、元は幼馴染のような関係でした。互いに家の境遇が似ていたので、意気投合し、よく2人で家から抜け出していたんです。その時間は僕にとって、とても楽しい時間でした」
昔の話をするウィルの表情はどこか切なげで、その思い出自体が宝物のように話をする。
かと思えば、今度は憎むような、憎悪で溢れかえっているような複雑な姿態に変えた。
「ですが、僕の父が、罪を犯していたのです。それも、1つではなく、複数の。そして、それらは国の掟により重犯罪に当たるものでした。それから、爵位は剥奪。父は死刑、僕は無関係ではあるものの、その家の人間に変わりはありません。なので、田舎の鉱山で生涯ずっと働かせられる、そんな刑でした。ですが、その刑が執行される直前、僕の刑は無くなりました。理由は、トリステッツァ王女殿下が、僕を執事にする予定だったのだと我儘を言ったからだそうです…」
ウィルとトリステッツァ王女の境遇はよく似ている。
それはとても、お互いにとって心強いことだったのだろう。
そしてすぐに分かった。
トリステッツァ王女は、ウィルを失いたくなかったのだろう。
唯一の自分にとっての理解者を
友人を
どんな手をつかったとしても
自分がどんな目に遭おうとも
「その後しばらくして、トリステッツァ王女が二日間部屋に閉じ込められていたことを知りました。そうまでして、トリステッツァ王女は僕を守ってくれたのです。それから僕は誓いました。次は僕が、彼女を守ってあげたい、と。けれど、僕は結局のところ執事でしかありません。家の力も及ばず、今は自国で皇家の側近として仕えるため、男爵の地位を貰っていますが、それだけです。他人の力を借りなければ、王女をお救いすることは出来ないのです……」
「…そこで、私が選ばれたのですね」
ウィルが何も言わなくなったので、私が話すと、彼は無言で頷いた。
ウィルの、自分が出来ることの中で最善を見出し、どうにか彼女を救おうとするその姿が、ほんの少し、他の騎士団員を庇ったアイザック様と重なってしまった。
それに私も、少し状況が違えば、トリステッツァ王女のように、してはいけないことを分かっていながらも、自分の心を苦しめながら実行していたのかもしれない。
とてもではないけれど、他人事だとは思えなかった。
「…分かりました。ですがその前に、トリステッツァ王女が呪術を使っているという証拠をいくつか抑えなければいけません。協力してくれますね?」
この問いに拒否権はないも同然だった。
それはウィルも分かっているのだろう。
無言で、覚悟を決めたように頷いた。
その次の日から、私たちは秘密裏に証拠集めに奮闘した。
たまにアイザック様とトリステッツァ王女と顔を合わせるのがどうにも気まずくて、わざと広い廊下の端を歩くようにした。
ある日、書斎で呪術についての情報を探していると、第一皇子殿下が眼鏡をして本棚の前で本を手に取り真剣に読んでいるのが目に入った。
「殿下、こんにちは」
(なんだか久しぶりに会ったきがする…)
「…!やあ、エステル。…無理は、してない、わけないか…エステルだもんな…」
「いえ、大丈夫ですよ」
苦笑をしながら微笑んで見せると、第一皇子殿下は困り眉の笑顔で、私の頭の上に大きな手を乗せた。
髪の流れに沿って優しく撫でてくれるその手は、家族を慈しんでくれる頼もしい手だった。
「エステル。無理はしないで。私に出来ることがあれば、何でも言って欲しい。自分だけで何とかしようだなんて寂しいこと、思わないでくれよ?」
まるで全てを見透かされるように感じる。
私は迷った。
話すべきか、話さないでおくべきか。
たくさん迷って、悩んで、結果、私は狡賢い考えしか、思い浮かばなくて。
「今…全てをお話することは出来ません……。それでも…良いですか…?」
(あー…、私はズルい…。だって分かってるもの。第一皇子殿下は…)
「ああ、当たり前だ。エステルが私たちにとって嫌なことをしないのは皆分かってる。もちろん私も。だから言える範囲で良い。私にしてほしいことがあったら言ってごらん」
(…断らないもの……。それを分かってて私は言ったのだから、本当に狡賢い…。こんな私、大っ嫌いよ。でも、こんな私を好きでいてくれる人たちもいるから……)
いつもくれる温かさには、確かなものがあった。
狡いのに、本当は、優しい言葉をくれる殿下に全て話すべきなのに、その優しさに甘えてしまう。
同時に、第一皇子殿下は操られていないと知ることが出来て、心から安心した。
やっと、見知らぬ街の中で知っている人に出会えた気分だ。
「………イリーガル王国で…トユク帝国を乗っ取ろうとする動きがあることが分かりました」
「…っ!?」
「ですが、証拠がありません。せめて、第三王女からの証言をもらうことは必須です。その第三王女は今、自身を犠牲にしてイリーガル王国に貢献しようとしています。私は、それを止めたいと思っています」
第一皇子殿下は、私と目を逸らさずに真摯に聞いてくれている。
一呼吸して、私は告げた。
「…止めるには、第三王女がアイザック様にかけている…呪術を、解除しなければいけません」
「…呪術を使っているのか?」
「はい。なので、下手に糾弾するのは得策ではないと踏んでいます。今は証拠集めと、第三王女様に呪術を使ったことへの反動が帰って来ない方法を模索中です」
「それを、父上や母上に伝えないのはどうして?」
第一皇子殿下は、もどかしいのだろう。
こんなに身近に国の平和を脅かす存在がいるのに、今すぐにその存在を追い出せないことも、アイザック様が呪術にかかっていると知りながらも、自分にはどうすることも出来ないという事実も。
だからこそ、第一皇子殿下の疑問は、御尤もなことだった。
「誰が呪術にかかっていて、誰がかかっていないのかを、肉眼で判断出来ないからです。第三王女がどんな呪術を施したのかも、まだ明らかではありません。なので、本当は、殿下にお話するのも迷いました」
どんな表情をすれば良いか分からない。
きっと今の私は、玉虫色な表情になってしまっていることだろう。
しどろもどろとしている私に頭に、第一皇子はまた、私の頭に大きな手のひらを乗せる。
第一皇子の顔を見るため斜めに顔を上げると、皇子は話す前と変わらない、優しい表情をしていた。
「それでも、エステルは話してくれたんだな。ありがとう。嬉しいよ、エステルに信頼してもらえて。光栄だ」
第一皇子の言葉で、少しだけ肩から力が抜けたような気がした。
「…殿下が、呪術にかかっていないと分かって、やっと心が落ち着いた気がします。ありがとうございます。殿下」
「ははっ、お礼を言われるようなことは何もしてないのに、『ありがとう』だなんて、エステルは変な子だね。…本当に、おかしいくらいに、優しくて人に気を遣える妹だよ」
第一皇子は、もしかすると、私のしようと思っていることを何か察したのかもしれない。
(そんな…笑っているのに泣きそうな、そんな顔をしないでくださいよ…、私まで、悲しくなる…)
「…殿下、もし宜しければ、一緒に呪術について調べてくださいませんか?1人では少し時間がかかってしまいそうなので」
本当は1人ではなく、ウィルも呪術や、イリーガル王国のことについて調べてくれているのだが、流石にここまでは言えない。
ウィルのことについては、トリステッツァ王女とアイザック様の呪いを解く方法が分かるまで秘密だと、本人と約束したためだ。
「分かった。私も手伝うよ。だから、自分の身体を酷使してはいけないよ?分かったね?」
第一皇子が発する優しい言葉に、私は久しぶりに、胸が温かくなるのを感じた。
「はい…、ありがとうございます。殿下」
「…はぁ、アイザックと結婚したら、やっと兄と呼んでもらえる日が来ると思っていたのに…」
「へっ?何か言いましたか?」
「ううん!何でもないよ。さあ、情報集めを開始しようか」
久しぶりに気を抜くことが出来た私は、第一皇子が何と言っていたのか、気付くことが出来なかった。
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