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忌み嫌われ皇女が愛を知るまで  作者: 小鳥遊
第三章/愛を知るまで
33/54

ep32.傷


 それから更に数週間が経ち、ついに、今日はイリーガル王国の第三王女が来る日になった。


 門の前までアイザック様と第一皇子殿下と、それから皇帝陛下に皇后陛下とで迎えに行くと、そこには派手な馬車が一つ、これでもかと言うほどに豪勢に飾り付けられていた。


 馬車から出てきた人は二人。


 一人はもちろんのこと第三王女だ。

 金髪に高めのツインテールで、愛らしい桜色の瞳をしていた。


 そしてもう一人は執事らしき人。

 髪が邪魔にならないようにオールバックにしている。


 執事らしき人は、第三王女を馬車から降りる際にエスコートした。

 第三王女が馬車から降りると、妖艶な笑みを浮かべて言う。


「お招き頂きありがとう存じますわ!トユク帝国皇帝陛下、皇后陛下、第一皇子殿下、第二皇子殿下。エステル様」


「ようこそ。イリーガル王国第三王女、トリステッツァ・シェラード王女。此度は是非我が国を堪能していってくれ」


 皇帝陛下が一歩前に出て挨拶をする。


 その姿は、皇帝陛下の威厳を保つ、誰からも頼られるであろう風格だ。


「失礼を承知で伺うのだが、王女の隣にいる男は、王女の執事だろうか?」


「ええ。その通りでございますわ!わたくしの身の回りの世話は全てウィルがしますので、メイド執事は不要ですわ!」


「分かった。ではまずはここまで足を運んでくれた礼として食事をしよう。用意は済ませてある」


「かしこまりましたわ」


 第三王女は終始ニコニコとした様子で受け答えをした。

 愛嬌の良さが滲み出ている。

 ただ、私に対して、あまり良い目をむけないのも事実だった。


 これだけでイリーガル王国の人を怪しむのはまだ早い。

 何せ、私の祖国のことがあるのだから。

 ただ、少しだけ気になることがあった。


 けれど、まだ情報を確かなものにするには早計なため、もう少し様子を見ることにする。


 客室にトリステッツァ王女を案内するべく、私とアイザック様と一緒に、廊下を歩く。


 ………アイザック様へのトリステッツァ王女の距離感が異様に近いことが気になるが、ここで私情を挟んではいけないため私お得意の表情の仮面をつけた。


「そういえば、アイザック皇子殿下は、エステル様と婚約を結んでいるのですよね?」


 出迎えた時と変わらず、トリステッツァ王女は愛嬌の良さを最大限に生かしてアイザック様に質問をする。


 しれっと名前で呼んでいるのは、私への牽制なのだろう。


「ええ、その通りです。私の1番愛おしい方です」


 一人称が【俺】から【私】へと変わっているのは、警戒している証拠だ。

 トリステッツァ王女からすれば、元の一人称など分からないため警戒しているとは夢にも思っていないはず。


 何気に惚気を発動するアイザック様はある意味才能があるのではないだろうかと思った。


 その一方で、トリステッツァ王女の表情が一瞬だけ暗いものになったことを、私は見逃さなかった。


「……流石ですわね!イリーガルでも噂になっていましたのよ!あの【冷血王子】が【愛妻家】で、婚約者を溺愛していると。まさか本当だったなんて!」


「お褒めに預かり光栄です。シェラード王女のお耳にも届いていたのですね」


 アイザック様は愛想の欠片も出さず真顔で受け答えをした。

 それが気に入らなかったのか、トリステッツァ王女は更に距離を縮めた。


「まあ…!【シェラード王女】だなんて堅苦しい呼び方はおやめくださいな。気軽にトリステッツァとお呼びください」


「いえ、私は噂に違わぬ【愛妻家】なので、どうか呼び方についてはお許しください」


 トリステッツァ王女の方を見ることもなく、アイザック様はそう応えた。

 半歩後ろで歩く私はその姿を見て、心底安心してしまった。






「そう言ってられるのも今のうちね………」








 …トリステッツァ王女の声はとても小さく、その言葉を聞き取ることは私たちには出来なかった。


 客室に着くと、トリステッツァ王女はアイザック様だけをお茶に誘ったが、アイザック様は丁重にお断りし、私の部屋で少し休憩することとなった。


「エステル、大丈夫か…?不快な思いしかなかっただろう。俺だけが行っておけば良かったな…」


 アイザック様は少ししょんぼりしていたが、私はそんなことはなかった。


「いえ、アイザック様が言ってくださったこと、とても嬉しかったです。王女様の呼び方のことも、断ってくださって、ありがとうございます」


 私が微笑みながら言うと、アイザック様は隣で座っている私と向き合って額にキスを落とした。


「当たり前だ。エステルの嫌がることはしないと、決めているからな」


「ふふ、私が嫌がることを言ったこともないのに、分かってくださるなんて」


「…お前が帝国に来て、出会って、一年だ。それくらいは分かるようになった。だが、まだまだ俺はエステルのことを理解出来ていない気がしてならない。だから、ずっと俺の隣にいて、ちゃんと教えてくれ」


 一人称が戻り、表情も柔らかく微笑んでくれる。


 私の頬に両手を添えてコツンと自分の額と彼の額がぶつかる。

 そうした私に見せてくれる気を抜いた姿が、とても愛おしく感じる。


 私もアイザック様の頬に両手を添えて、言葉を紡ぐ。


「はい。アイザック様のことも、教えてくださいね」


「ああ、任せてくれ。俺がどれだけエステルのことを愛しているか、一生をかけて分からせてやる」


 あまりの意気込みに、つい笑みが漏れてしまう。


「楽しみにしています」


 こうして、2人の時間は早々に流れた。

 

 夕食の時間でも、相変わらずトリステッツァ王女はアイザック様の隣に座り、虎視眈々とお近づきになれる機会を伺っているように思える。


 王女は見目麗しい顔立ちに加えて愛嬌ある女性だ。 しかし、当のアイザック様はと言うと、貴族特有のポーカーフェイスでのらりくらりとトリステッツァ王女を交わしていく。




 これなら、王女へ心が傾くこともない…………





 と、…安心していたのが、間違いだったのかもしれない。


 夕食を終えた次の日から、アイザック様の様子に日に日に違和感を覚えていった。


 初めは微かな違和感であったものは、日が経つにつれて確信のあるものへと変わっていく。


 トリステッツァ王女との接触が、徐々に増えてきたのだ。

 それだけなら、アイザック様の作戦があるのかもしれないと、そう思えた。


 ところが、同時に私と一緒に過ごす時間が殆ど無くなった。

 どうにか会話を試みようとするのだが、アイザック様はトリステッツァ王女の私室で2人で一緒にいることが日常となり、食事も一緒にしているため、中々機会を伺えない。


 トリステッツァ王女は他国から来た人なので、文化の違いや、もてなしのためにアイザック様との接触が近くなるのなら、それは仕方のないことだと割り切るつもりでいた。


 しかし、最近のアイザック様の様子は、皇帝陛下や皇后陛下、第一皇子殿下から見てもおかしいらしく、皆に平謝りされた。


 確かに、婚約を結んでおきながら他の女性と個室で食事をするのは如何なものか。

 実際、初めは私もまあかなりのショックを受けた。


 ただ、それでもずっとこのままではいられないのが私の立場である。

 私自身もそうだが、アイザック様も、このままでは不誠実な人間として扱われてしまう。


 どんな事情があるかも分からないのに、そう決めつけてしまうのは、例え噂だとしても些か納得いかなかった。


 なので、諦めずに接触を何度も試みる。



 そしてやっと……



 トリステッツァ王女が帝国に訪れて2週間が経つ頃、ようやくアイザック様と接触することに成功した。

 2週間も経つと、堂々とトリステッツァ王女と2人並んで歩くようになっていた。


 今日はわざと、いつも私が魔法士たちに魔法を教える予定の時間に廊下を歩いていた。

 ちなみに、魔法士たちには既に連絡済みである。



「アイザック様」


「…なんだ、エステル」


「久しぶりに、一緒にお茶をしませんか」


「何故?俺がお前といる理由はないが」


 廊下で対峙してみてどことなく雰囲気が違うことが分かる。


 まるで、初めて出会った時のような接し方。

 ほんの少しだけ、体が竦んでしまう。

 でも、怯んでいる暇は、私にはない。


「…アイザック様は、私のことが今もお好きですか…?」


 これは、一か八かの質問だった。


 どうか私の杞憂に終わって欲しいと、切に願った。


 だが、現実はそう甘くない。

 いつもいつも、言葉のナイフは私の喉元を突き刺す。

 結局どこの国でも、私にとって言葉は、いつも私を殺してきた。



「…さあな。どうでも良いだろう、そんなこと。それより、俺はこれからトリステッツァとお茶なんだ。邪魔をするなよ」


 それだけを言い残し、アイザック様は私の横を通り過ぎた。


(ああ…本当に、気持ちが変わったの…?…)



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