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忌み嫌われ皇女が愛を知るまで  作者: 小鳥遊
第一章/ 幸せを知るまで
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ep2. 新しい国

 

 隣国に着くと私の心は少し踊った。


 自然も多く、街も人で賑わっていて活気が良い。


 楽しい声と言うのはこんな感じなのかと、遠くから薄らと聞こえるみんなの賑やかな声を聞いては、私まで楽しくなっていた。


 賑やかな街を通り過ぎてしばらくすると、皇宮へ到着したようだった。


「降りろ」


 彼に言われ私が降りると、「着いてこい」と言うので逃げずに従った。

 反応する意思も意味もなかった。


 多分皇宮と言われるところで、長い廊下が永遠と続いてる。

 綺麗な装飾品があちこちに施されており、だからと言って見せつけのような感じではない。


 むしろ、見るものを圧倒させるような絶対的なものがこの皇宮から感じられた。

 そんな場所を、汚い服と見た目で歩く私は場違い以外の何者でもないだろう。


 


「ここにいろ。お前に相応しい場所だろ」


「…あの……」


 名前が分からずこの二文字で彼を呼び止めると、彼は睨みを聞かせて「なんだ」とぶっきらぼうに言う。


「…本当に私が、このような場所にいてもよろしいのですか…?」


 私の言い方がダメだったのだろう。


 彼は嘲笑を露わにして小馬鹿にしながら言った。


「はっ、高貴な身分のお前に、ここにいさせても良いのかと聞きたいのか?だとすればお前は今恥ずかしい勘違いをしてるぞ。今のお前が高貴な身分なわけがないだろう。今のお前は【皇女】ではなく【戦利品】だ」


(いや、戦利品と言うほどの価値は、私にはないと思うのだけど…えーっと、そうじゃなくて…。私が言いたいのはもっと違うことで…)


「…そうではなく、戦利品である私が、こんなに素敵なお部屋で暮らしても良いのですか?」


「は?」


 そんな素っ頓狂な声を出さなくても、私はどうせ死ぬ身でしょうに、何を考えているのか。


 彼の思考は魔力を()()()分からなかった。


「やはり何かの間違いではないでしょうか。私のいる場所は地下牢で構わないのですが…」


「いや、地下牢は犯罪者がいる場所だろ。お前は何もしてないんだろ?」


「確かにしていませんが、この国からすればそうではありません。私を牢屋にぶち込んでください」


「…おい、ぶちこむなんて言葉どこで覚えた。……

ッチ。とにかく、お前は俺が来るまでここから出るな」


「…はい、分かりました」


 最後に命令され、彼は扉を勢いよく閉めた。


(えっ…いいの?こんな素敵な場所…。だって、地下じゃないし、電気も水もある、それに、簡易の敷布団も用意されてる…。この国はどれだけ優しいの…?)


 私は心から感謝した。


 ずっと私の周りは鉄格子とコンクリートだけ。


 日の目すら浴びることを許されずに生きてきたのに、こちらには小さいが窓もある。


 与えてくれた部屋に感謝をしていると、コンコンとノックの音がした。


「失礼します。魔法帝国の皇女様のお部屋でお間違いありませんか?」


「……あ、はい」


 魔法帝国の皇女なんて言われたことがなくて、一瞬返事に遅れてしまった。

 もたつきながらも返事をすると、どこか慌てた声をした女性は部屋に入室した。


「失礼します。本日から少しの間、皇女様のお世話を任されることになりましたエミリーと申します。よろしくお願い致します」


 エミリーは深々とお辞儀をする。


(おもて)を上げてください。今の私は皇女ではありませんのでエステルとお呼びください、エミリーさん」


「…!?エミリーさんだなんて!気軽にエミリーとお呼びくださいませ、エステル様」


 それでも、人の名前を呼ぶことなんてなかった私には、人をどう呼べばいいのななんて分からなかった。


 【様】だって、私からするとどこか気恥ずかしい。


 そもそも小さい頃に乳母が名前で呼んでいて、それも結局私が魔法を使えないと分かって呼び方を【能無し】に変えていたけど、それが急に名前で様なんて、そっちの方が違和感である。


「なら、私のこともエステルと呼んでくださいませんか、?まだ【様】と呼ばれることには慣れていなくて…」


「…かしこまりました。それでは、エステルが徐々に慣れていけるように致しますね。ではまず、入浴から致しましょうか」


「…?お風呂に入らせて頂けるのですか?」


 私にとっては当たり前で何気ない質問だった。

 けれど、エミリーは口元に手を当てて息を呑んだ。


「…はい、入りましょう。…失礼なのを承知で質問を申し上げるのですが、祖国ではお風呂はどうなさっていたのですか?」


 私はどことなく察してしまった。


 エミリーが私に探りを入れてきてることを。


 少し考えてみれば分かることだった。

 敵国の皇女に、しかも処遇さえ決まっていない今後どうなるか分からない人間に侍女をつける人なんてそうそういない。


 だとしても、エミリーが私に優しくしてくれていることに変わりはなかった。


 だから素直に従う。


 何を言ってもバラしても、私には何の関係もない。


「お風呂はありませんでした。3日に一度、決まった量の水で体と頭を流して、それで終わりです」


「っ!辛い思い出を掘り返させてしまって申し訳ありません…」


「いいえ、大丈夫です。辛いだなんて思っていませんよ」


 これが私にとっての普通であったから。


 もう何年もずっと。


 最後に温かいお風呂に入っていたのは、多分6歳になる前だった。


 エミリーは何故か泣きそうな顔をしながら、薄汚れた私の服を気にしないで抱きしめた。

 私が抱きしめ返した時も、ビクッと体を震わせて、それからより強く抱きしめた。


 それは何故かとても温かくて、意識してなのか無意識になのか自分でもよく分からなかったけど、気が付けばエミリーを抱きしめ返していた。


「…っ、よし、ではお風呂に入りましょうか!」


 エミリーに「こちらですよ」と手を握られながら移動した。

 そこには浴槽があり、ふわふわとした湯気が立ち込めていた。


「ではまずお身体をお流ししますから、お背中を向けてくださいますか?」

「分かりました」


 少しの間待っていると「あっ…!」という声と共に冷水が私の背中を盛大に濡らした。


「…っ」


「申し訳ありません…!魔法の加減を間違えて…」


「大丈夫ですよ。エミリー。得手不得手は誰にでもたるものです。なので落ち込まないでください」


「…エステルは、魔法帝国の他の貴族とはなんだか少し違いますね」


 (貴族…貴族ねぇ…。そうだよね。だって地下牢で日常を送る貴族なんて聞いたことがないもの)


 あるとしても、それは犯罪をしていたり何か国にとってよくないことをしでかした人が入るだろう。

 入っても、すぐ処刑か自殺で、日常は送らない。


「そうですね、私は貴族の常識はまるで分かりませんが、エミリーが頑張ってくれていることは伝わります」


「エステル…きっと次は大丈夫です。今度こそお背中をお流ししますね」


「お願いします。エミリー」


 私も、次は大丈夫だと謎の自信が湧いてきた。

 次にエミリーからかけられたのは、とても温かく心地よい温度の水だった。


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