ep22.いつもの一日 ~1~
「……ル様」
「…?」
「エステル様、おはようございます」
「んふ、おはよう、エミリー」
初めに変な声が出るのは無意識、直したいのに直せないのでいつのまにかエミリーの方が慣れていた。
「ふふ、おはようございます」
あの日皇后陛下を治した治療薬は、魔法士のみんなと一緒に、国民に行き渡るよう改良を施した。
私が皇后陛下を治してからかなりの月日が経った。 季節が変わり紅葉の季節となった今は、かなり感情を出せるようになった…と思う。
牢にいた数年間分の身体の不調は、今ではもう元通りになった。
それも、皇帝陛下を始めとするみんなが新しく部屋を用意してくれて、エミリーが私に3食しっかり食べるよう言ってくれたからだ。
一時期から止まっていた身長は少しずつではあるが年相応の身長へとなりつつある。
「エステル様、第二皇子殿下がお待ちですよ」
「ありがとうエミリー、行ってくるね」
「行ってらっしゃいませ、エステル様」
ネグリジェから普段着へと着替えて扉を開けると、こちらもまた普段着へと着替えたアイザック様がいた。
「おはよう、エステル」
「おはようございます、アイザック様」
朝から顔を合わせるのも、もう当たり前となった。
いつものように挨拶を交わして今日もダイニングへと向かう。
アイザック様は『好きだ』と言ってくれてから、毎日私に会いにくるようになった。
今日着ている普段着もアイザック様が送ってくれた物のうちの1つだ。
私には過分な物だと言えば、貰って欲しいと返品拒否を貫いてきたので、根負けして貰い続けてしまった。
『俺の気持ちと返品される店員さんが可哀想じゃないか?』と問われた時は、それはもう満面の笑みで受け取ってしまった。
ダイニングへ続く廊下を歩き、慣れた手つきでアイザック様がエスコートをする。
食堂へ着いて皇帝陛下たちの方を見ると、みんな笑顔で私の方を見た。
「あ、おはようー、エステル」
「今日も可愛いわエステル!よく似合ってる」
「おはよう、無理はしていないか?」
まるで本当の家族のように接してくれる皇族の人たちには、ずっと温かさを与えてもらっている気がする。
何も返せていないのに、やはり私には過分だと常日頃思う。
「今日も大丈夫です。おはようございます。第一皇子殿下、皇后陛下、皇帝陛下」
挨拶をして席に着くと、みんなで朝食を食べ始める。
これが最近の日課だった。
身体の調子が元に戻ってきた時、皇帝陛下が『一緒に朝食を食べないか』と言ってくださった。
身分があまりにも違うことを伝えて一人で食べると言っても、食事はみんなで食べる方が美味しいからと共にすることになった。
あの時のことを余程反省しているのか、毎日顔を合わせる時には私の体調を心配してくれる。
やはり優しい御方だと思う。
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「あ、そうだエステル、魔塔の方は順調?」
「はい。また新しく出来た試作品もあるので、良ければお時間がある時にいらしてください」
「うん、そうだね。行かせてもらうよ」
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「エステル、お勧めのお菓子があるの。良かったら今日一緒にお茶でもどうかしら?」
「喜んで、皇后陛下。是非ご一緒させてください」
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「あー…エステル。その、なんだ。分からない文字があれば、帝国語でなくともまた聞きにきなさい。気になったところでも何でもいいから」
「ありがとうございます、皇帝陛下。ちょうど今日読みたい古代書があったので助かります。ここの書斎は読んだことのないものばかりで楽しいです」
「…!ああ、そうだろう。エステルが気に入ったようで良かった。いつでも来なさい」
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いつの日か、家族水入らずの時間を奪ってしまってもいいのか不安になって、アイザック様に聞いたことがあるのだが、『みんなエステルが大好きなんだよ』と何やらはぐらかされてしまった。
昼食と夕食はそれぞれの用事があるので別々で食べている。
そのため朝食は一緒に摂ろうというのもあるのだけど。
朝食を済ませた後はアイザック様が中心となり、騎士と魔法士の合同練習を行うのが習慣だ。
戦闘訓練は、勿論のこと、いざ戦争になった時のためというのもある。
そしてこの訓練、魔獣を討伐する時に必要なものでもあるのだ。
魔獣は基本的に人が生活する場には現れない。
それが得策ではないことが分かるくらいの知能は持ち合わせている生き物だ。
しかしたまに、自然の魔力密度に耐えきれず暴走してしまった魔獣が、人間の住む街に降りてくることがある。
暴走した魔獣は見境なく人を襲い、害を与える。
そんな時に出動するのが騎士団だ。
以前までは、魔獣の対処は騎士団だけで十分だった。
しかしそれが、ここ数年では魔法士も出動することが多くなっているそう。
その現状を聞いた私が、合同訓練を行ってはどうだろうかと提案してみると話はトントン拍子に進んでいったのだ。
私も私で、いざという時のために魔力を身に纏わせて、効率的に魔力を使えるよう練習は怠らない。
今は教えることのほうが多いが、そのうち教えなくても大丈夫なほど強くなれると思っている。
魔法を教えている最中、少し離れたところからアイザック様の声が聞こえる。
「よし、ここで一度休憩だ。各自給水、汗もしっかり拭いて服が濡れているなら風邪を引かぬよう着替えて来い」
アイザック様の指示を聞いて、私も指示を出す。
「はい。私たちも休憩にしましょう。無理せず体調が悪くなったらいつでも言ってください」
「「「はい!」」」
それぞれ騎士、魔法士に休憩を促す。
私とアイザック様も休憩のため椅子に座った。
「体調は悪くなっていないか?」
「はい、大丈夫です。アイザック様は、怪我はありませんか?」
「ああ、俺も大丈夫だ。にしても、こうして毎日顔を合わせて話せるなら、訓練も悪くないな」
「…!私も、…一緒に話せる時間があるのは、とても嬉しいです」
アイザック様が気持ちを伝えてくれた一方で、私は…まだ返事を返せずにいた。
私の気持ちは、多分、好き…というより、愛しているのだと思う。
けれどいつだって、本当に私なんかが、アイザック様の隣に立ってもいい人間なのかという思考が、決断を遅らせてしまう。
これは簡単に決めては行けないことだと思ったから。
アイザック様のおかげで、私はいろんな感情を知ったし、それを表情に出す術も知れた。
なら私は?
私はアイザック様に何かをしたのだろうか。
ずっと救って貰いっぱなしで、何も出来ていない。
いつも彼は『愛してる』『好きだ』と、2人の時によく言ってくれる。
私もその気持ちを返したい。
アイザック様の気持ちを返したいのではなく、私の気持ちを、彼に渡したい。
訓練の休憩中なのにも関わらず、アイザック様のことを考えてしまうくらいには、彼の沼にハマってしまったのだ。
今はもう、心から生きたいと思ってしまった。
彼が、私の亡き姿で悲しみの感情に染まってしまわないために。
「よし」
「…!」
「そろそろ再開するか。残りの時間も、魔法士たちの指導、よろしく頼む」
「はい。お任せください」
信頼しているような笑みを浮かべてくれる彼の表情で、私も彼の期待に答えようと、改めて自分の中で喝を入れることが出来た。
私は自分の教えている魔法士たちが強くなってくれることがとても嬉しいと感じる。
みんなとても好意的で、私が倒れてからはそれが増したように思う。
訓練のラストスパートを終えると、各々お風呂に入ったり復習したりと時間を過ごす。
私とアイザック様は午前中は同じ時間を過ごすので昼食も一緒に摂ることが多い。
「ん、今日も上手い。朝食の時間は碌に話せる機会がないからな。昼食を一緒に摂れるのは嬉しい」
「…私もです。こうしてゆっくり出来る時間が1番落ち着きます」
「…!ははっ、嬉しいな。俺も同じだ」
他愛のない話をして、その後はそれぞれやらなければいけないことがあるので、解散した。