ep15.試練2
(さて、死刑、かぁ…。私としては構わないけど、皇后陛下が亡くなるのを黙って見るのは、少し違う気がする)
それに、あの病、もう少しで原因が分かりそうなのだ。
1週間前から少しずつ調べていたおかげだろう。
教えてくれた魔法士たちに感謝しなければいけない。
「……ル」
とはいえ、まだ原因は分かっていない。
まだ分からないところは、どうして貴族にかかりやすく、平民はあまりかからないのかという点だ。
「…テル様」
しかも多分、私も一度陥ったことがある症状だ。
それは【トユク帝国】ではなく【魔法帝国】で、の話だ。
「エステル様…!」
「…!あ、すみません。少し考え事を…。続きをしましょう」
「エステル様…」
相変わらず魔法士に魔法を教えるのは日課となっていて、基本的にはそれ以外の時間で調べることにした。
いきなり魔法を教えることを休んでしまうのも何かあったのかと勘繰られてしまうと思って、通うことを決めたのに。
そっちに思考が入ってしまっては元も子もない…。
「すみません。それでは続きを。みなさんこの1週間で随分上達しましたね。頑張ってくれてありがとうございます」
今は魔法を教える時間。
この1週間で教え続けた、魔力を身に纏わせることが当たり前になるという課題をみんなしっかり達成してくれたようだ。
魔力の波も落ち着いていて、身に纏わせる魔力も少しでしっかりと全体を覆っている。
「今度は今の状態、そして魔力を出す時の感覚を意識しながら魔法を放つ練習をしましょう。それから徐々に複雑な魔法も使っていきます」
「「はい!」」
魔法士たちは元気よく返事をして、分からないことがあれば私に聞いてくれたり、コツを教えて欲しいと言ってくれたり、無視されていた時のことが嘘のようにみんな友好的に接してくれる。
ちゃんと努力が実っているのだと、無駄ではなかったのだと、最近は温かい気持ちになることが多くて、こんなに幸せでいいのかと不安になる。
魔法士たちの笑顔をふと見かけると、そんなことを考えてしまう。
一通り教えた後は、許可を得ているため皇室の書斎へとやってきた。
書斎に来た理由はもちろん流行病の原因を探るため。
そして私には1つ、心当たりがあった。
私は一度、少しだけだが聞いた症状と全く同じ状態になったことがある。
心臓の鼓動が激しくなりズキズキと痛み出す。
常に眩暈がして頭痛も治らない。
寝たきりの状態になるしかなくなるのだ。
その重度は人によって違うが、私はまだ軽い方だったことを覚えている。
(そして多分だけど…、私がその症状になった時の状況は…)
「やっぱり…!」
私がこの国で言う流行病にかかった時、そのすぐ側には私を殺そうとする魔獣がいた。
これは私の中での1つのヒントになった。
書斎で、ここ数年の都市の魔力密度を調べた。
すると、ここ数年、1年に1度の頻度で多くの魔獣が首都に降りてくるらしい。
更に同時期、森ではなく、主に首都の魔力密度が濃くなっているデータがある。
最後に1番重要なこと。
どうやら私の予感は当たってくれた。
魔力密度が濃くなる時期に、病も同時に流行っている。
そして、病にかかるのは貴族に多いということ、つまり、魔力量が多い人間ほど、症状に侵される確率は高くなる。
私がその病にかかったのは、魔力量の多い魔獣の近くにいたからだろう。
その頃の私はまだ魔力を身に纏わせるということを知らなかったから、余計に症状が表に出てしまったということだと思う。
魔力を持つ人間は、同じ種族の魔力…つまり、人間なら人間の魔力以外の魔力を大量に浴びてしまった場合、自身の魔力量が多ければ多いほど、身体に重度の不調が生じる。
そして最終的に同じ魔力でありながら、同種族以外の魔力は、魔力を吸い続けて、魔力が空になってしまうこと、同時に体力を消耗し切ってしまい、生命が絶たれるということが多いのだ。
エミリーと話していた時、皇后陛下の話を聞いた。 皇后陛下は魔力量がとんでもなく多いとのこと。
確かに初めて皇后陛下の姿を見た時、魔力量が多いことは覚えていた。
そして久しぶりに会った皇后陛下の魔力量も、今必死に痛さに耐えていることも、魔力の不安定な揺れから読み取れた。
(とにかく原因は分かった…、後は治療…確か私が医者を呼ばれて施されたこと…これは寝てる暇なんてないなぁ…)
その日の夜から、私は皇后陛下を救うための準備を進めた。
そうして、時間が過ぎるのは早く、あっという間に2日が過ぎた。
今日で3日目、今日までに治さなければ、私は死刑を宣告される。
朝から皇后陛下を治すための準備をしていると、「エステル…」と声をかけられた。
声のした方を振り返って見ると、エミリーが心配した表情で名前を呼んでいた。
「どうしました?」
「最近、睡眠は取られておりますか…?」
「えっと…、表情に出ていましたか?」
焦って自分の頬を手触りで確認する。
「目の下のクマが目立っています。最近、眠れないのですか…?」
正直に言うと、眠れないわけではない。
むしろ今だって寝たい。
眠気止めの薬を飲んでいるが、それでもそろそろ限界が近づいてきている。
今すぐにでも敷布団に寝転がって惰眠を貪りたい…ところなのだが、今だけは出来ない。
理由を話すのもダメだ。
皇帝陛下に禁止されているから。
「少しだけ…、ですが大丈夫ですよ。今日はゆっくり眠る予定ですので」
「…分かりました。……エステル…お願いですから、自分の身を大事にしてください。エステルは牢にいた時の身体の負担が大きいので、本当はまだまだ安静にしていないといけないんですからね」
私の身体を心配してくれるエミリーの声を聞いていると、また温かくなる。
いつも私の心の支えはエミリーなのだなとしみじみ思う。
「…ありがとうございます。エミリー。私、エミリーが好きですよ。だから、エミリーが悲しむようなことはしたくありません」
「…っ!私も、エステルが大好きです。あなたにお仕え出来たこと、本当に光栄です。エステルの言葉、信じますからね?」
私がヘトヘトで部屋に戻るか、死刑宣告を受けるかの2択であれば、前者の方がまだマシだと思う。
「…エミリーは、私が死ぬのは嫌ですか…?」
「な…!当たり前です!エステルには幸せになってほしいので…」
「…そうですか。分かりました、ありがとうございます。エミリー。エミリーはいつも私に生きる力を与えてくれますね。では、行ってきます」
エミリーが私の姉であれば、どれだけ良かったのだろうと、ありもしない想像をするくらいにはエミリーが大切になっていた。
人を大切に思うことなんて今までにないことなので何をどうすれば良いのか分からない。
けれど、私の言葉は多分、間違っていなかった。
だって、私が言った言葉に対して、エミリーはとても温かい、春の日差しのような笑みを向けてくれるから。
その笑みを見れたら、私は今日も一日頑張れる。