ep11. 一悶着
次の日、今日も先日と同じく、いつもよりほんの少し身体が重たかったものの、体調に異変はないので魔塔に向かおうとしたのだが……
「何故…」
「少し離しておきたいことがあってねー。悪いけどエミリー、部屋を出てくれるかな。2人で話したいんだ」
「…分かりました」
こうして渋々ながらもエミリーは出て行った。
「それで、本日は何故こちらにいらっしゃったのですか?第一皇子殿下」
「君、あの子に何か魔法でもかけた?」
「…?あの子とは、もしかして第ニ皇子殿下ですか?」
「そうだよ。ねえ、君、アイザックに何か精神系の魔法でもかけたのかな」
第一皇子は1ヶ月前に会ったあの時と一見同じように見える。
けれど、何かが違う。
(今の第一皇子は……)
「…何故私に殺気を向けるのでしょうか。私は第二皇子殿下に何もしていません」
「ふーん、だとしても、君がアイザックをおかしくしたんだよね」
「…おかしく……?」
何やらただならぬ雰囲気を出している第一皇子の目は明らかに私を敵視している目だ。
お互い立って対峙し、私も気を緩めることはしない。
第一皇子に聞こえないような小さな声で密かに言霊の準備をする。
「『エステルの名におきて命ず…』」
「あの子はもっと冷徹だったんだ。あのまま冷徹だったら、あの子含めて誰も傷つかなくて済むものを。私はね、アイザックに傷ついてほしくないんだよ」
「……それは、少し違うのではないですか…?」
「何?」
第一皇子は先から勘違いで物事の結論を焦っているような。
「第ニ皇子殿下は元々冷徹ではありません。そうあろうと努力しているにすぎないのだと私は思います。そうじゃなければ、私の境遇を聞いてもきっとすぐに私を殺していたでしょう」
溢れ出る殺気を殺しきれないのか、魔力の波を抑えようと必死だが、粗が出ているのが分かる。
刹那、第一皇子は私との間にあった間合いを一気に詰めて、かと思えば、第一皇子の手が私の首を掴んでいた。
「ア"ッ……!?」
「皇族である私に意見するか。無能と言われていた魔法帝国の皇女が…?今はただの役に立たないお前のような存在が…?馬鹿にするのも大概にしてほしいな。アイザックにとって不利益となるのなら君には消えてもらうしかなくなるよね。ごめんねー、アイザックに生かしてもらった命だけど、君はここでお役ごめんだよ」
(一国の皇子がこんなに口が悪くていいのか……)
第一皇子の発言に、私が傷つくことはない。
もう十分、祖国で嫌と言うほど言われた言葉ばかりなのだから。
(誰かがする私の評価も、嫌味も、どれだけ多くの憎さや軽蔑が籠った声も…。全部、どうでもいい…でも……)
「……せ…」
「ん?」
_____っ__
「『離…、せ』」
「…っ!?」
ありったけの魔力を込めて絞められている喉から掠れたように出した声はなんとか通ったらしい。
やはり言霊の用意、つまり、予めに言っておかなければいけないことを言っておいて正解だった。
強制的に第一皇子の手は私の首から離れた。
絞められた喉が痛いと悲鳴を上げている。
それでも言葉を紡いだ。
痛い喉は魔力でスムーズに話せるように、自分の魔力で覆った。
「無礼を承知で申します。私は無能です。ここでの価値もないに等しいでしょう。それは私も承知しています。しかし、あの国で、あの状態から救ってくださったのは第二皇子殿下です。故に、私が利益をもたらす存在か不利益をもたらす存在か、私を生かすか殺すか、全て第一皇子殿下が決めることではありません。私を殺すのは、個人的な理由であってはいけません」
「っはぁ、そっか。うん、もういいよ「ですが」」
その先を言われないよう、無礼だとは分かっていても、言葉を重ねた。
「第一皇子殿下が第二皇子殿下のことを家族としてとても大切に思っていることは強く伝わりました。第二皇子殿下は第一皇子殿下のそう言ったところを尊敬していらっしゃるんでしょうね」
これらが不敬罪と捉えられて、死刑になるのなら、それは良しとしたいと思う。
私が今嫌なのは、"理不尽な理由で死ぬ"ことだ。
祖国にいた時の私なら、理不尽でも良かったと思う。
だけど、今はエミリーが私を心配する。
だから、せめて死ぬのなら、正当な理由であってほしい。
今第一皇子が私を殺そうとしている理由は、少なくとも正当ではない。
「私が、アイザックに好かれているわけがないだろう…」
その声は、どこか寂しそうだった。
私は、それを否定する。
「?、そんなわけありません。第ニ皇子殿下は第一皇子殿下のことを尊敬していらっしゃいましたし、全く嫌ってもいません。ですから、今こうして自ら嫌われにいくようなことをする必要はないのですよ」
「…っ、どうして知って…誰かから聞いたのかな」
先ほどの殺気はどこへやら、今度は困ったような、まだ多少の殺気を伴う微笑を浮かべた。
私は2人の関係と似たような光景を知っていた。
皇族の中ではあるあるな話だった。
皇族は兄弟がいればどちらが王になるのか、本人に争う意思がなくとも貴族同士で勝手に派閥が分かれる。
そして仲が良ければ良いほどに貴族は2人を仲違いさせようと必死になる。
何故なら、どちらも後継者候補であるから。
第一皇子はそれを痛いほどに分かっているのだろう。
おそらく第二皇子よりも遥かに多く、それを経験しているのかもしれない。
「いいえ。無能な名ばかりとは言え、これでも皇女ですから。ずっと地下牢にいたわけではないこと、殿下もご存知でしょう?皇族同士で起きることは私も知っています」
「…、ああ」
「私を殺せば仲が悪くなって、仲が良いことを利用しようとする人間も減るのではと、そう考えたのではないですか?」
「…!本当に、聡明だな…」
否定しないと言うことは認めてるも同然なことは、当然第一皇子も分かっているはず。
「…私の記憶の共有は、どこまで共有するか自分で決められます。私が共有しなかった部分を、少しだけお話ししますね」
「…?」
過去なんて殆ど楽しくない記憶ばかりだ。
そんなものばかり見せても共有させられる方は精神的にキツくなってしまう。
それも一気に見せるとなると、相当なこと。
人には限界というものがあるのだから。
だから共有したのは牢にいた時だけにしていた。
けれど、それはやめる。
この話は、第一皇子と第二皇子が仲違いせず仲の良いままでいるために必要なものだと思ってしまった。
「私が3歳の時、目の前で兄が死にました」
「…!?」
懐かしい。
あの時は訳も分からず、鉄臭い匂いと、目の前の残虐な光景にひたすら泣きじゃくっていたものだ。
それも、ものの数分で『うるさい、黙れ』と言われたけれど。
「魔法帝国の第二皇子と第三皇子は、元々とても仲が良かったんです。けれどそのままでは貴族に利用されてしまうと気の遣い方を間違えた第三皇子が、第二皇子にとって1番大切なものを奪ってしまいました。一方で、それが1番大切なものだということを、第三皇子は知りませんでした。【大事にしているものの一つ】と捉えていたのです。結果、第二皇子は怒った果てに第三皇子と絶交。そこまでは第三皇子の思惑通りでした」
淡々と話す私に驚いているのか、それともこの出来事を3歳で覚えていることに驚いているのか、トユク帝国第一皇子は固まっていた。
私は第一皇子の状態を気にしながら話の続きを始める。
「しかし、第二皇子派の貴族が数人、第三王子のしたことを知りました。貴族たちは、第三皇子のしたことを許せず、手練れの暗殺者を数人寄越しました。勿論第二皇子は、自分の派閥の貴族が暗殺者を送ったことを知りませんでした。最終的に第三皇子は殺されてしまいました。そして殺された後、第二皇子は第三皇子の思惑を知りました。それから後悔した第二皇子は精神を病んで、冷酷で無慈悲な人間になってしまったんです。………」
「…っ、何だと……?」
それから、私に対して唯一優しかった第三王子は亡くなり、第二皇子も私を視界に捉えなくなった。
暗殺者が私を見逃したのは、まだ幼かったから、記憶も残らないと踏んだのだろう。
これらは、全部言わなくていい……。
「私をここで殺してもらっても構いません。それで酷く仲が悪くなることはないと思います。私は結局のところ、【戦利品】でしかありませんから。けれど、もし仲をわざと悪くしようとして今のような行動を取るのなら、おやめください。私はもう、私のせいで人が死ぬのを、恩人が死んでしまうのを見たくはありません。ただでさえ、私は母を殺したと言っても過言ではないのですから」
私はどんな顔をしているだろうか。
多分、第一皇子に変なことを言わせてしまうくらいには変な顔をしていたのかもしれない。
「…ねえ、ごめん。抱きしめてもいい?」
(………みんな私を抱きしめようとするのはどうして……?)
エミリーもだったけど、第一皇子も、今まさに私を抱きしめようとしている。
「…?どうぞ…?」
13にしては背の低い私に合わせて膝立ちになり、顔が近くなった。
右肩に顔を逸らして、第一皇子もエミリーと同様に、私を包み込むように抱きしめた。
「ごめん…ごめんね…。私が間違ってたよ…」
「私は怒っていません。どうして謝るのですか?」
怒っているのではなく、また訳の分からない根拠のない噂を立てられるのが面倒くさかっただけ。
理不尽な死に方さえしなければ、何でもいい。
「私が言っておいて何だけど、私は君に嫌なことを思い出させたし、殺そうとしたんだよ。どうしてそんなやつに、君は抱擁を許すんだい?ナイフを仕込んでいるとは思わなかったの?」
「それは、抱擁したいと言ってるからですが…それに第一皇子殿下やエミリーは温かいです。乳母が抱きしめた時は冷たかったのに。ナイフも、仕込まれていたならその時はその時です。仕方ありません」
今なら分かる。
乳母は私のことをずっと嫌っていたから、と言うより、私が生まれたことで母が亡くなってしまった、その事実を何より疎んでいた。
噂で聞いた情報では、母のことを誰よりも大切にしていた人だったらしい。
だからこそ、私が生まれ、母が亡くなって、それが許せなかったのだろう。
それでも6歳までは私に対して優しく接していたのは、母が唯一残したものが私だからなのだと思う。
それも魔法が使えないと分かって態度が一変したけど。
結局のところ、忠誠を誓った人物を殺したと言える、恨みの対象である私が、恨み辛みの籠っている、そんな人間に抱きしめられたところで、温かいはずもないのだ。
同じように私を嫌っていると思っていた第一皇子も、温かくないのだろうと思っていたのに、どうしてこんなにも温かいのか。
第一皇子は私を守るように抱きしめている。
「…えっと…、殿下…?」
中々私を離さず口も開かないので敬称を呼ぶと、ようやく第一皇子は話出した。
「本当に…生きることに興味がないんだね……」
「……」
(何も返せない…、先の言霊を込めて『離せ』と言ったのも、私1人ならば、正直殺されても良かった…)
話を逸らすように、言葉を紡ぐ。
「今は、第一皇子殿下の【魔法師たちに魔法を習わせる】ということが出来ていませんから。それに、これだけでは開放してくださった恩返しには値しません」
「…っ_…、そう、だね。うん、…本当にごめんね。今日は魔塔に向かわなくても良いから。ゆっくり休んで」
「いえ、今日も行きます」
「っ…!いや、でも」
「今日行かなければせっかく昨日得られたかもしれない信用を失ってしまうかもしれません。首の痕はスカーフをつければ隠せます。ですから心配しないでください」
(第一皇子は自分がしたことがバレると不安に感じている…と思ったのだけど、どうやら違うみたい。いつもなら、私の勘は当たるのに…)
そこまで悲しそうな顔をするのはどうしてだろうかと疑問を募らせていると、私の思っていることに気付いたのか諦めた様子だ。
その頃には、殺気もすっかり消え失せ、魔力の波も穏やかなものとなっていた。
「…そっか。分かった。私が言えたことじゃないけど無理は絶対しないで」
「はい。大丈夫です。第一皇子殿下も、無理はなさらぬようにしてください。それではまた」
扉を開けると、気配を消しているエミリーがいたが、あえてそれに気が付かない振りをして、私は魔塔に向かった。
◇◇◇