第6話 不遇スキルの覚醒
魔獣の肉を食い千切り飲み込むと同時に頭の中に女性を連想させる声が響き渡った。
何だ…今の声は……レベルが上がったって一体どういう事だ?
唐突に頭に直接響く声に戸惑いを覚えるユートであるが、異変はそれだけに収まらなかった。ブラックウルフの肉を食した直後、頭部の傷が塞がって出血が止まったのだ。他にも砕かれた下顎やへし折れたはずの歯も生え揃っており、ぼんやりと薄れていた意識も次第に覚醒し出したのだ。
本来なら骨が幾本も折れており立ち上がるだけで息が詰まるはずだった体もすっかり完治していた。
これは……頭部の傷が塞がった? それに意識もさっきより随分としっかりしている。砕けた歯や折れた骨まで元通り……僕の体に何が起きたんだ!?
回復魔法も無しで万全な状態に戻った事実に混乱していると再び頭の中にあの女性の無感情な声が響く。
――『レベル上昇に伴い肉体も自動的に新品に戻りました』
頭の中に響く声は相も変わらず理解不能な説明を一方的に話し続ける。
だが今はそれよりも真っ先に対処しなければならない危機が眼前に控えて居る。
取り囲んで様子を伺っていた他のブラックウルフ達が一斉に襲い掛かって来たのだ。
くそっ、数が多すぎる。この数の魔獣を対処できるか?
ハッキリ言ってユートのレベルを考えと1匹や2匹ならまだしも、これだけ大多数を一挙に撃退する腕前は持ち合わせていない。
だがここでユートは自分の肉体の変化を知る事となる。
あれ……動きが見えるぞ。まるで相手の動きがスローになっているかのように……。
襲い掛かるブラックウルフの群れを前にしてユートは不思議と落ち着いていた。自分に飛び掛かって来る魔獣達の動きが何故だか読めるのだ。そして……怖ろしい筈の魔獣が何故だかユートにはとても〝美味そう〟に映った。
気が付けば1匹の魔獣がユートの喉元に喰らい付こうとしていた。だがその噛みつきを回避し、逆にユートはそのブラックウルフの頭部に噛みついた。
「あぐあぁッ!!」
野獣の様な叫び声と共に喰らい付いた部位を噛み千切り骨ごとその肉を咀嚼して胃の中に流し込む。するとまたしても脳内にはあの声が響き渡った。
――『ユート様のレベルが7上がりました』
その声が響いた直後にまた肉体に変化が現れる。
一斉に襲い来るブラックウルフの動きが更にのろく感じる様になった。それだけでなく自身のスピードはブラックウルフを上回り、更には握りしめた拳は一撃でブラックウルフを絶命させるほどの攻撃力を兼ね備えていた。
その後も襲い来る魔獣達を難なく撃退していく中でユートは自分の戦闘力が信じがたい速度で上がっている事を理解した。そして急激なパワーの上昇、その理由も解き明かす。
「あんがぁッ!」
撃退したブラックウルフの亡骸に獣じみた叫び声と共に躊躇なくかぶり付き死肉を呑み込む。するとまたしても『レベルが上がりました』と謎の声が告げてくる。
間違いない……魔獣の肉を喰うたびに僕が強くなっているんだ。
1体、また1体と魔獣の肉を己の血肉と変える度に自らの肉体が変貌している事が自覚できる。外見的には大きく変わった訳ではない。だが獣臭い肉を喰らうたびに自分の肉体が歓喜に震え、そしてその都度に頭の中でレベルが上がったと言う報告が上がる。
気が付けばユートを包囲していたブラックウルフの群れはもう全滅していた。所々に噛み千切られた跡を残した状態で。
そんな魔獣の死骸の中で全身を返り血に塗れたユートが口を拭っていた。
――『ユート様のレベルが上がりました。現在のステータス情報を確認しますか?』
「ステータス情報?」
戦闘を終えてから今までとは違うセリフが脳内で響き疑問符を口にする。するとユートの目の前の空中にこんな文字の羅列が出現した。
〇 名前 ユート・ディックス
LⅤ 66
種族 人間族
職業 拳闘士
HP 211
ⅯP 180
攻撃力 119
防御力 108
素早さ 106
スキル名 《暴食》
通常能力 食物を人一倍摂取できる
覚醒能力 摂取した生物のレベルを自分に加算する。
肉体のレベル変動の際に肉体の損傷回復。
備考欄 能力覚醒に伴いステータス情報の確認が可能となった。
ステータス情報は自身だけでなく他の生物にも適用される。
レベル上昇に伴い今後新たな能力が追加されていく。
眼前に広げられる情報にしばし言葉を失うユートであるが、すぐに口元に笑みが浮かんだ。
「そうか……スキルは稀に覚醒するって神父様も言っていたな。確かシークレット能力が目覚める場合があるだとか」
このステータスに記されている覚醒能力と言う欄がそれなのだろう。
これまでは自分のスキルは何の役にも立たない無駄飯ぐらいだと決めつけ何ができるのか詳しい調査などしなかった。勿論魔獣の生肉に喰いつくなんて死の淵のやけくそに過ぎなかった。だがあの完全なやけっぱちな行為がまさか自分の力を覚醒させる切っ掛けとなるとは思いもしなかった。
「まさか僕のスキルにこんな力があったなんてね。でも……嬉しいよ。この力が有ればあの3人に復讐できそうだ……」
同じ村で共に夢を語り合った幼馴染をゴミの様に処分しようとしたあの3人は決して赦さない。この報いは必ず受けさせてみせる。
そう決意する彼はかつてないほどに怖ろしい笑みを浮かべていた。そしてあの3人は後悔と絶望を味わう事となる。ユート・ディックスを敵に回してしまった事を……。