第5話 誓う復讐、そして目覚める《暴食》のスキル
自分達の眼下で潰れたカエルの様にうつ伏せとなっているユートの姿を前にセゴム達はニマニマと醜悪な笑みを浮かべている。
なぜ彼等がこのような蛮行に至ったのか。その理由はこの上なく身勝手で悍ましいものだった。
「どう……じでぇ……」
血反吐を吐きながら何故自分を殺そうとしているのかユートが問うとセゴムがその理由を明かした。
「本当なら答える義理なんざねぇけど冥途の土産で教えてやるよ。何でテメェを殺すのか、その理由は波風立てずにテメェを俺達のパーティーから追放する為だ」
薄れつつある意識の中でセゴムの口から放たれた理由を耳にしたユートは理解できないと言った顔をする。自分をパーティーから追放したければただクビを宣告すればいいだけの話のはず、何故こんな回りくどい真似までして殺害に至るか理解が及ばない。
「ぼ……僕が目障りなら……普通に……クビ…に…すれ…ば……いいじゃない……か……」
元々ユートとしても自分を奴隷扱いするこのパーティーから抜け出したかったのだ。仮にクビを言い渡されても文句なくパーティーから離脱していた。
だがそんな彼の主張に対してクジィがやれやれと言わんばかりに両手を頭の横に持っていき首を左右に振った。
「本当に分かっていないわね。私達はギルド内でも仲間想いとして知られている心優しきパーティーで通っているのよ。アンタみたいなクズにも分け隔てなく対等に仲間として扱っていると言うイメージを周囲から持たれている。そんな私達がアンタをクビにでもしなさいよ。大半の連中は釣り合っていなかったから当然と思うでしょうね。でも一部の連中がもしかしたらゴールドランクの3人は幼馴染でもアッサリ斬り捨てる非情な一面を併せ持つ、そんな負のイメージを抱かれたくないのよ」
「ですからあなたには『クエストの最中に死亡』した事にしようと計画したのですよ。ありもしないクエストを利用し誘導、そしてこの人目が付かない森林にまっでやってきて殺害」
「この場所なら誰の目にも届かねぇ。テメェはこの魔法の森で魔獣に食い殺されてしまい死亡って算段なんだわ」
全てを語り終えると3人は一斉に下卑た笑い声を再び上げた。
「これが最後の冒険だったから私達も少しは気を配ってあげたのよ? アンタの荷造りだってしてあげたじゃない。それにさっきも魔獣からアンタを護ってあげたでしょ? まあ最終的には殺す予定だったけど♪」
そう言いながらクジィはクスクスと笑いセゴムの腕に抱き着く。
つまりコイツ等は自分達の評価にほんの僅かな傷がつく事を恐れてこのような蛮行に及んだと言うのだ。幼馴染の命よりも自分達の名声の方がコイツ等にとっては大切で重要なものだと……。
この瞬間、ユートは霞みがかっている意識の中でかつてないほどの憎悪の炎を燃え滾らせる。
ふざ……けんな……仮にも同じ村で育った幼馴染だろ? そもそも冒険者の夢を諦めるなと鼓舞してくれたのはお前達だろうが。自主的にパーティーを抜ける事すら許さなかったくせに自分達の都合で殺してパーティーから追放? ふざけるな……ふざけるなぁぁぁぁぁぁ!?
気が付けばユートは体をゆっくりと起こして3人に敵愾心をぶつけていた。
頭部からダラダラ零れる血も、体中に走る激痛も、今の憎悪に塗れたユートには気にもならなかった。
「ちょっとマジ? コイツ起き上がったんだけど?」
「気持ちが悪いです……」
まるで幽鬼の様にふらふらと立ち上がるユートの姿にクジィとネムが引き気味に後ずさる。そんな二人を庇うかのようにセゴムは自慢の剣を鞘から抜くとその切っ先をユートへと突きつける。そして同じパーティーの仲間に対してふざけた物言いを放つ。
「俺様の大切仲間に手を出そうとしてんじゃねぇよこのユーズレスがよ」
剣を突きつけている相手もまた同じ仲間だと言うのに彼は当たり前のような顔でユートを非難する。そのどこまで人の心の無い幼馴染にユートの殺意は最高潮へと達する。
その時だった、周囲から獣の唸り声が響き渡る。セゴムの意識がユートからそちらの方へと向く。
「おいおいブラックウルフの群れかよ。今まさにこの死にぞこないに止めを刺す所だってのに……」
ユートの体から溢れる血の匂いに惹かれたのかいつの間にか複数体のブラックウルフに囲まれていた。
めんどくさそうにセゴムが一掃しようとするが、ここでクジィが悪魔の考えを二人へと提示した。
「ねえ、どうせならこのウルフの群れにこの死にぞこないの始末を任せない? 立ち上がっているけどコイツにはもう抵抗する余力なんてない。生きたまま魔獣の餌になるなんて最高の結末だと思わない」
「おおそりゃいいな。無能なコイツはせめて魔獣の血肉になって糞に生まれ変わるってか」
セゴムがそう言うと他の二人は心底おかしそうに腹を抱えてひとしきり笑った。そして笑いが引くと3人は醜悪な笑みと共に今にも倒れそうなユートに向けて別れを告げる。
「「「さようならユート君。来世はもっとマシなスキルを手に出来るように祈っているよ」」」
そう言うと3人は取り囲んでいるブラックウルフを無視してそのままその場から立ち去って行った。
残されたユートは遠くなっていく3人へと怨嗟の言葉を吐き出す。
「絶対に……許さない。お前達は……いつか……必ず復讐を……」
しかし彼の恨み言を最後まで待たず様子を伺っていたブラックウルフの1匹がユートの肩に噛みついた。
鋭利な牙と強靭な顎の力で肉と骨が抉られ燃えるような痛みが走り、そして怒りで覚醒しつつあった意識がまた薄れて行く。
「くそ……こんな死に方なんて……嫌だ……」
だがこの状況ではもう自分は助からない事をユート自身も悟っていた。
だからこれはせめてもの抵抗だった。彼は自分に噛みつくブラックウルフの前脚を掴むとそれを最後の力を振り絞り噛みついたのだ。
どうせ食われるなら……僕の《暴食》のスキルでお前を喰ってやる……。
そしてユートは噛みついたブラックウルフの脚の肉を一部食い千切り、それを呑み込んだ。その直後に彼の頭の中に謎の声が響き渡った。
――『シークレット能力を解禁します。ユート様のレベルが10上がりました』