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第28話 クジィの我が身可愛さの後悔


 自分達のスキルを取り戻す為に必死に懇願していたセゴムとクジィであるがユートから提示された土下と言う条件に声が詰まる。

 

 ああああぁ? お、俺様が土下座……こんなゴミに対して俺が土下座だとぉぉぉ!?


 今まで自分よりも生物として格下と見ていた無能に土下座を強要された事でセゴムは体中の血管が全てちぎれるほどの怒りに駆られる。無意識に拳を固く握り今にもユートの顔面にソレを叩きつけたい衝動に駆られる。

 仮に正真正銘の無能だった頃のユートがこんなセリフを吐こうものなら半殺し、いや死の一歩手前の淵まで3人でリンチの刑にしていただろう。


 ぐっ……堪えろ俺。ここでコイツに殴りかかっても何一つ利益はねぇ……。


 今のスキルを失った自分では悔しいが殴り合いにでも発展すれば不利なのはこちら側だろう。何よりここで下手に反抗しようものなら間違いなく奪われたスキルは返っては来ないだろう。そうなればこれまで築いてきたゴールドランクの地位の剥奪、それどころ冒険者生活を継続する事すらも困難だろう。

 だが自身の置かれている窮地をそこまで理解していてもセゴムは頭を下げる事を躊躇った。与えられた強力なスキルで周囲からちやほやされ続けた彼はすっかり図太くなってしまっていたのだ。


 くそっ……何で俺が土下座しなきゃいけねぇんだよ。元々コイツが人のスキルを奪ったことが発端だってのに……。


 それを言うならそもそも自分達がユートを殺害しようとした事が原因だが当然セゴムはその事を棚に上げ罪悪感など無い。

 

 「おいおいどうした? 人に物を頼むときは頭を下げるのは基本だろ。ああそうか、お前達の頭にそんな一般常識が詰まっている訳もないか」


 いつまでも震えるだけで行動に移そうとしない二人に対しユートが更に煽る。

 まるで出来の悪い子供を叱るかのようなもの言いについにセゴムの堪忍袋は破裂した。


 「この無能ヤロウがッ!!」


 怒号と共に繰り出されたセゴムの拳、それをユートは余裕で躱すとそのままお返しのカウンターパンチを顔面に捻じ込んでやった。

 

 「ぶぼぼっ!?」


 本気で殴ると余りにもレベル差がある為わざと死ぬほど手加減した一撃にしたのだが、今のユートとセゴムには600以上のレベル差がある。かなり威力を押さえたカウンターですらも喰らったセゴムには強烈過ぎてぶっ飛ばされた。


 「あぎぃぃ……い、いてぇ……」


 痛みで殴られた箇所を押さえ悶絶するセゴム。よく見ると口元からはダラダラと血が漏れていた。あ……目を凝らすと前歯2本が綺麗に折れている。


 激痛で唸るセゴムに対してユートは悪びれる様子も無くこう言ってやる。


 「いやー悪いな。いきなり殴りかかって来たからついついカウンターしてしまったよ」


 「で、でべぇ……」


 「それにしても頭を下げるどころか攻撃して来たんだ。これはもうスキルなんていらないって事だよな」


 そう言ってユートはその場から立ち去ろうとする。

 しかしここで今まで黙っていたクジィが大声を出して呼び止めて来た。


 「ね、ねえ待ってよユート。私はセゴムと違って反省してるのよ。だからせめて私の《無限の魔力》のスキルだけは返してちょうだい」


 そう言いながらクジィは腕に絡みついて懇願して来たのだ。

 瞳を潤ませ無駄に腕に密着してきて自分の身体を押し付ける。さらには今までの棘のある雰囲気を一変させて猫なで声で話し掛けて来た。


 「ねえ憶えているユート? まだ冒険者になる前に村で魔獣に襲われそうな私を身を挺して助けてくれたよね? あのね、本当はあの頃から私はあなたが好きだったの。だからまた私を助けてよ……」


 そう言いながらぐいっと顔を近づけて近距離で見つめ合いの体勢となる。今にも唇が触れ合いそうな距離まで近づきながらクジィは艶やかな声色でこう言って来た。


 「お願いユート、もう二度とあなたを蔑ろにしないと誓うわ。いや、いっそのこと私とあなたの二人で新しくパーティーを組みなおしましょう」


 クジィの口から出て来た言葉に反応したのはユートではなくセゴムの方だった。


 「おいどういうつもりだよクジィ!?」


 「うるっさいわね! もうアンタみたいなクズと冒険者なんてやっていける訳ないでしょ!! そもそもアンタやネムがユートを蔑ろにし始めた事が原因なのよ! アンタ達がユートに冷たくしなければ私だって初恋の人に冷たくする事も無かったはずなのよ!!」


 そう言いながらクジィは今までユートに向けていた冷酷な瞳をセゴムの方へと向け始める。

 そこからユートを挟んでぎゃいぎゃいと猿のように言い争う二人を前にユートは完全に無表情となっていた。


 醜い……どこまでも醜すぎる。この期に及んで保身に走りあっさり俺の方に乗り換えるとはな……。


 言葉が出ないとは正にこのこと、正直今のクジィの反応はユートにとっても想像以上の醜悪ぶりだった。まだセゴムの様に自分に激情をぶつける方が遥かに理解できる。だがこの女は我が身可愛さの為に今の仲間を見放して見下し続けていた男に靡いたのだ。その上にプライドの傲慢さからかは知らないが最初に要求した土下座も結局は行わず終わらせようとしている。


 やれやれ、もう十分だな。何だかコイツ等と会話を続ける事すらも億劫になって来た。


 当初はよりコイツ等に絶望を植え付けようと内心で目論んでいたがこの醜悪な言い合いを目の当たりにしているともはや関わり合いを持つ事に嫌気がさしてしまった。

 未だに自分の腕に纏わりつくクジィをユートは腕を振り払って引き剥がす。


 「おいクジィ何を言ってるんだ? 俺がお前とパーティーを組む? 馬鹿も休み休み言えよ」


 「そんな……だったらせめてスキルだけは返して……お願い、仮にも同じ村で育った幼馴染でしょ?」


 「その幼馴染を名声低下のリスクを避けるためだけに殺そうとしたのは誰だ?」


 その言葉にクジィは何も言えなくなる。それでもスキルを何としても取り戻したいのかこの期に及んで同情を誘ってくる。


 「いくら何でも薄情よユート。あなたがスキルを奪ったせいで私達は初心者冒険者でもこなせるクエストすら手間取るほどに脆弱にされたんだよ? それにネムだってあなたにスキルを奪われたせいでゴブリンに連れ去られてしまったのよ。その事について罪悪感は湧かないの?」


 さらりとこの場に居ないネムの末路を知ったユートだが特にリアクションは見せなかった。当然だが今のクジィの涙声の訴えも良心に響かない。もうコイツ等など心底〝どうでも良い〟存在なのだ。


 「なぁクジィ、お前は俺を薄情だと言ったな。だが仲間を直接手にかけようとした時点でお前に俺を非難する権利は無いんだよ。今の自分達の境遇が過酷? そんなものは完全な自業自得だ。因果は巡るって事を学べてよかったな」


 それだけ言うとユートは二人を置いてその場から立ち去っていく。

 去り行く幼馴染の背中を眺めながらクジィは心から後悔した。何故自分はユートを見捨ててセゴムなんかに付いて行ったのだろうかと。


 しかし彼女は気が付いていない。その後悔は決してユートを裏切った事に対する罪悪感から湧いた感情でなく、我が身の悲惨な現状に対する不満から生まれた身勝手な後悔だと言う事に。



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