第21話 助けた相手はまさかの……
人一倍敏感となった自らの聴覚を恨みつつも結局見て見ぬふりをする事が出来なかったユートは悲鳴の聴こえて来た路地裏へと進んで行った。
少し入り組んだ区画を進むと男が壁際に女性を押し付けて今にも手を出しそうな雰囲気だった。
たくっ、こんな昼間から盛りやがってよ……。
どうやら男の方は女性の方に意識が集中しているようでやって来たユートの存在に未だに気付いていない。
「おいそこまでにしておけよ」
「ああっ、いきなり何だテメェ?」
お楽しみの直前でお預けを喰らった事で不機嫌そうにこちらを睨む男。
大まかな事情は耳に入って来た会話から理解できるがそれでも強引に女性を襲おうとしている男を窘めようとする。
「とりあえずその娘を放してやれよ。話なら代わりに俺が聞いてやる」
「何も知らないヤツがいきなりしゃしゃって来るんじゃねぇよ。言っておくがコイツは俺に借金があんだよ。今日が期日内だってのに支払いが不可能ってんで代わりに体で払ってもらう必要があんだよ」
男の方が自分の行いを正当化するような発言で釘を刺してくる。
チラリと女性の方へと視線を向けると彼女自身も負い目があるのか何も言わなかった。だがその瞳からは涙が溢れ『助けて』と訴えて来る。
たくっ、やっぱり見て見ぬふりでもしてさっさと飯を食いに行けばよかった。
自分の中の良心を後悔しながらもユートは懐から金貨の詰まった袋を取り出すと男の足元へと投げ捨ててやった。
「俺が代わりに立て替えてやるよ。それだけあれば足りるか?」
「え……いやぁ……」
今まで強気な態度だった男が急にしどろもどろな態度になる。
新天地の【憩いの結束】でユートは立て続けに高ランクのクエストを達成してきて大分貯蓄が溜まっていた。今放り捨てた金だってまだ一部に過ぎない。
この女性の借金の総額は知らないがこれだけの金貨があれば足りるだろう。それを証明するかのように男は金貨の詰まった袋に目が離せないでいる。
「どうするんだ? その金貨を受け取るか、それともその娘から落とし前を取るかどっちだ?」
「えっと……あはは、金さえ返してもらえるなら~」
あっさりと男は女性を解放すると金貨の方を取った。
何しろ立て替える借金の額の十倍以上の金額が貰えるのなら男としても金の方を選んだ方が賢い選択だ。女遊びがしたいのであればこの金で娼館に行き、尚且つ美味い物だってたらふく食える。それでもまだ借金額以上の金が手元に残るのならそちらの方が得だと判断したのだ。
こうして渡された金貨を拾うと男は打って変わった低姿勢でその場から離れて行く。
「馬鹿馬鹿しい……」
無駄な事に時間を浪費した事に溜息を吐くと女性がおずおずと話し掛けて来た。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
「あー別にいいよ」
これ以上関わり合いたくない為に適当な返事でその場から離れようとするユートだが女性の方はしつこく絡んで来る。
「あの、もし良かったお礼を……」
「はあ……」
その言葉を聞いて思わず呆れてしまったのは仕方ないだろう。
「お礼も何も返すものなんてないだろ? アイツから借金返すように迫られていたんだから金欠だろうし、それともまさか体で返してくれるのか?」
「そ、それは……」
「たまたま歩いていたらいざこざの現場を見たからお節介を焼いただけだ。運が良かったものだと思ってラッキー程度に捉えるんだな」
そう言ってその場を離れようとするユートだがその時に腹から空腹を鳴らす音が出てしまった。
無駄にカッコつけておいて情けない姿を見せてしまい羞恥心から顔を赤らめていると彼女がこんな申し出をしてきた。
「あ、あのせめてご飯代だけでも……今あれだけ金貨を渡してしまって手持ち金もないでしょうし……」
そう言って恩返ししようと食い下がって来る女性。
本当はあの渡した小袋以外に財布を持ち歩いているのだがユートは彼女の厚意を受け取る事にした。ここまで言わせて何もせず立ち去るのも気が引けたからだ。
「本当に大丈夫なのか? さっき返済迫られていただろ?」
「あっ、大丈夫です。返済額は足りませんでしたけどご飯代ぐらいなら」
こうして二人は最初にユートが向かおうとしていた飲食店の席に着く。
適当に腹を満たせそうな料理を注文し終えると料理が運ばれるまでの空白の時間に改めて女性が礼を述べて来た。
「あの、本当にありがとうございました。あなたが助けてくれなかったら今頃どうなっていたか」
「もういいって。それにしてもあんな野蛮そうなヤツから借金していただなんて生活が苦しいのか? その腰に差している剣を見る限り冒険者みたいだけど……」
「そう…ですね……。少し前までは普通に生計は立てられていたんですけどコンビを解消してソロ活動になってから……」
彼女の口から出て来た『コンビ解消』と言うワードに思わず眉が動いた。何しろ移籍したばかりのギルドの初仕事でその話題を聞いているから。
「……なあ、あんたの名前って教えてもらっても?」
まさかと思いつつも彼女の名を尋ねた。
そして返って来た名前は自分の脳裏に残っていたものだった。
「私の名前はリンダです。リンダ・カーネーツと言います」
おいおいおい………やっぱり見て見ぬふりしておいた方が良かったか?
あのクェシィの話していたかつての幼馴染と同じ名前を聞いてユートは自分の働いた偽善に激しく後悔するのだった。




