第18話 復讐の牙はまだ刺さったまま(【ブレスド】パーティー視点②)
ユートとの決闘で失態を晒したセゴム達は名誉回復の為にゴブリン退治のクエストを受けている真っ最中だった。
ゴブリンなどモンスターの中でも低級で本来ならゴールドランクの自分達が今更こんな低ランクの依頼を引き受ける事などあり得なかった。しかし今の彼等は〝信頼〟を回復させる必要がある、それ故に今回ゴブリン被害で苦しんでいる村の救助に繋がるこのクエストを受注した。
しばらくは人助け関連のクエストを達成し続け自分達のパーティーの評価を回復させる、それがセゴム達の狙いだった。
現在は依頼を出した村人の1人に連れられて村の外れにゴブリン達が住み着いている洞窟へと案内されていた。
「それにしてもゴールドランクの冒険者様達がこんな辺鄙な村の依頼を受けてくれるなんて思いもしませんでした」
「なーに気にすんな。モンスター被害で苦しんでいる奴等を助ける為に俺様達の様な冒険者が居るんだからよ」
「なんとお優しい……流石は最高ランクの冒険者様達ですね。人格の方も優れていらっしゃる」
残念ながらセゴムの腹の内はこうだ。
けっ、バーカ、本当ならこんな田舎に俺様達が足を運ぶなんざあり得ねぇんだよ。依頼達成による名声回復と言う目的がなきゃ誰がテメェ等なんて気に掛けるかよ。こんな何もねー村なんて勝手にゴブリン共に荒らされてやがれ。
自分達の村を救うために来てくれたセゴム達に心から感謝する村人に対してセゴムは内心で彼を見下す。他の二人も表面上はニコニコとしているが内心では自分達の猫かぶりに騙されている男性を小馬鹿にする。
そして遂に目的の洞窟まで辿り着く。洞窟の入り口付近に近づくと凄まじい悪臭にセゴムが顔をしかめる。
「凄い臭いだなこりゃ……」
「この洞窟の奥にゴブリン達が住み着いています。私が案内できるのはここまでになりますが……」
「ああ分かってるよ。モンスター退治は俺様達の仕事だからな。案内ご苦労さん」
ゴブリンの住処までの案内を終えると案内人は『ご武運を祈ります』と言って小走りでこの場から立ち去っていく。そして村人の目が無くなると同時、クジィの口からはすぐに文句が飛び出した。
「ちょっと冗談でしょ? こんな腐臭漂う洞窟の中に行かなきゃいけない訳?」
「私も流石にこの中に入るのは嫌です。服や髪にだってこの臭いが染みつくと思うと耐えられません」
そう言いながら女性陣達は洞窟の中に入る事を断固拒否して来た。
名声回復のためにやって来たクエストで子供のような駄々をこねる二人に対してセゴムはイラっとする。
「おいおい臭いぐらい気にする事ねぇだろ。どうせ王都に戻りゃ風呂にも入るし着替えだってするんだから」
「やーよ、男のあんたは気にしなくても女性はデリケートな生き物なの」
駆け出し時代は泥や汗にまみれる事に躊躇などなかったがゴールドランクになってからはすっかり我儘に育ったお嬢様二人は洞窟内部に入る姿勢を一向に見せない。
「あーたくっ、ならお前等はここに居ろ。ゴブリン退治くらい俺様だけで十分だ」
このまま入り口で言い合っていても埒が明かないと判断したセゴムは舌打ちしながら独りで洞窟の中へと入って行く。
単独で洞窟の奥に踏み入っていくセゴム、途中で一度だけ背後を振り返るが宣言通り二人が同行する様子はない。
何なんだよアイツ等は。俺様だって本当はこんなゴミクエストなんてしたくねぇのを我慢してるってのによ!
普段であればあの二人と一緒にセゴムも面倒ごとは自分の仕事でないと傲慢で我儘なガキの様に振る舞う。そしてその尻拭いをしていたのがユートだったのだ。そのユートがこのパーティーから抜けた以上はゴブリン退治のような今の自分達にとって雑務同然の仕事も押し付けられない。
「クソったれ、ユートの野郎が抜けなけりゃ俺様だってこんなくせぇ洞窟に入らずに済んだのによ」
自分達で彼を抹殺しようとしておきながら今このパーティーに不在のユートを恨む。もはや逆恨みと言う次元すら超えた理不尽な怒りを抱えながら洞窟の最深部近くまでやって来た。すると複数体の生き物の気配を察知してセゴムが剣を抜く。
「いたいた……」
薄暗い洞窟の奥を見ると目的のゴブリン達を見つけたセゴム。
彼らは何やら近くから狩って来たのか魔獣の肉を貪り喰っていた。
「きったねぇな……おいクソゴブリン共! 汚い食事シーンなんて見せてんじゃねぇよ!」
ゴブリン達が全員食事に気を取られて奇襲のチャンスだと言うのに何とセゴムは堂々と声を荒げ前に出た。普通ならばあまりにも考えなしの行動、だが彼からすればゴブリン程度など敵でないと完全に舐めていたのだ。
当然だが自分達の巣に人間が居る事でゴブリン達も臨戦態勢に入る。
「ブオオオオオオ!!」
近くに置いてあった巨大な棍棒を手に取ると1匹が鼻息荒く襲い掛かって来る。
「はんっ、誰を敵に回しているのか分かっているのか?」
小馬鹿にするようにセゴムが剣を抜く。一切のフェイント無しに振り下ろされる一撃を避けて腹部を斬りつけてやった。
「まずは一匹……」
「ウガアアアアッ!」
「なっ、何だと!?」
斬り捨てたと思っていたゴブリンが血を流しながらも追撃を仕掛ける。
迫る殴打をギリギリで躱して改めて脳天に一太刀を入れて今度こそトドメを刺すセゴムだが違和感は拭えなかった。
ど、どういう事だ? 俺様がゴブリン程度を一撃で仕留められなかっただと?
倒れたゴブリンを注視すると最初に斬りつけた傷が浅かった。
自分は間違いなく渾身の力を籠めて剣を振りぬいた。普通なら一刀両断、最低でも体の半分以上は肉を切っていてもおかしくないのに……。
だが敵の巣の中で疑念を抱いている暇など無い。他のゴブリン達も次々と武器を手に持ち襲い来る。
「くそっ、ゴブリン風情が調子に乗るな!」
そう吐き捨てながら一番近くのゴブリンの両腕を斬り飛ばした……つもりだった。だがまたしても自分の剣は骨まで断つことが出来ない。
ど、どうなってんだ? いつもならこんな下級モンスターなんて一撃で絶命できるのに……?
思い通りに敵を斬り捨てる事が出来ない現実に戸惑っていると他のゴブリンの振り下ろした棍棒が頭部に振りぬかれる。
「ぐがッ!?」
迫る棍棒に気付き避けようとするがいつもの様に飄々と回避できず吹き飛ばされる。
ギリギリで合間に剣を挟んだおかげで何とか致命傷は免れたか側頭部からは出血していた。
「お、俺様がゴブリン相手に血? ど、どうして……」
これまでスキルの恩恵で自身は強いと錯覚していたセゴム。だが今のスキルを消失した彼ではいかに低級モンスターとは言えこれだけの数を一挙に相手取るのは無謀だった。
混乱と共に発汗と呼吸が乱れ錯乱しかける彼にゴブリン達は一切の容赦など無く雪崩のように向かって来るのだった。
スキルを奪われた彼等には決闘以降もまだユートの復讐の牙が突き刺さっている。