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POL  作者: 無徒 静
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第二話

「行ってらっしゃい」柏木茉里奈は家を出る父親に鞄を渡しながらそう言った。

 朝、仕事に出る父親を見送るのは茉里奈の日課だった。別に誰かから言われたわけではないが、幼い頃からの習慣が未だに続いていた。

 父親の昌平は振り返ると、「行って来る」と、いつも通りのぶっきらぼうな返事を寄越した。

 昌平を見送った茉里奈はリビングへ戻ると、途中になっていた朝食を再開した。点けっぱなしになっていたテレビでは先程からワイドショーで芸能人の熱愛報道が流れていた。朝食を取りながらそれをぼんやりと眺めていると、やがてある話題に切り替わった。

『最近、死神と契約をしたという話をよく耳にするようになりました』神妙な口調でアナウンサーが語り始める。『では、その死神とは、一体どのような存在なのでしょうか?』

『死神とは何なのか。それを一言で言ってしまえばブローカーということになりますね』ゲストのコメンテーターがアナウンサーの質問に答える。

『ブローカーですか?』

『はい。ただし、人の命のブローカーです。そういう仕事を生業にしている人たちを、世間では死神と呼んでいます』

『人、ということは死神は人間なのですか?』

『そのようですね。彼らは特殊な技術を用いて人の命を刈り取ります。しかし、その実態は普通の人間だといいます。これまで死神と会ったことのある人たちと何度かコンタクトを取ったことがありましたが、いずれの方も死神は人間だったと仰っていました』

『何だか恐ろしいですね。人間が人間の命を刈り取るだなんて。しかし、それはどのような方法によって行われるのでしょうか?』

『彼らは契約する際に巨大な鎌を使用し、人の命を刈り取るらしいのです。彼らが死神と呼ばれる所以もそこにあります』

『巨大な鎌ですか。まさに神話に出てくる死神そのものですね――』

 馬鹿らしい。

茉里奈はワイドショーから別のニュースにチャンネルを切り替えた。それを聞き流しながら母親の誠子が作ってくれた味噌汁を一口啜ると鮭の塩焼きに箸を伸ばす。さらに散々かき混ぜた納豆と卵かけごはんといった純和風の朝食を済ませると、ふと気になったことを台所にいた誠子に尋ねた。

「ねえ、お母さん。最近のお父さん、ちょっと元気なくない?」

 茉里奈の言葉に少しだけ間を空けて、誠子が返事をする。

「……そうかしら? 私にはいつも通りに見えたけど」

 食器を洗う音に混じって聞こえて来た誠子の声は普段と変わらないおっとりとしたものだった。

「ならいいんだけど」茉里奈は立ち上がると、食器を台所へと運んだ。

 誠子は茉里奈から食器を受け取ると、「どうして、そう思ったの?」と、尋ねた。

「え? 別にただなんとなく。さっき、見送ったとき、お父さんの声がいつもより小さかったから」

「そう」誠子は受け取った食器を水で流しながら答える。「よく見てるわね」

「何か言った?」水の音でよく聞こえず、茉里奈が聞き返す。

「いえ、何でもないわ。それよりもそろそろ学校に行かなくて良いの?」

 誠子に言われ茉里奈は腕時計に目を向けた。

「あ、本当だ!」

 時刻は七時五十分を回っている。茉里奈は慌ててリビングにあった鞄を掴むと玄関へと向かった。

「忘れ物はない?」見送りに来た母親が言った。

「大丈夫」茉里奈はそう答えると、玄関の扉を開けた。「じゃあ、行って来ます」

「気を付けてね」

「はーい」

 いつも通りの朝の光景。茉里奈が仕事へ行く昌平を見送り、その茉里奈を今度は誠子が見送る。そして、誠子は家の用事を済ませたあと、昌平の経営する会社へと向かう。

以前は、そこに大学に進学した兄の圭が居て、茉里奈は毎朝、彼と一緒に家を出ていた。

 茉里奈の暮す柏木家は端から見ても仲の良い家族だった。

 だが、最近、妙な違和感を覚えることがある。ただ、それがどこから来るものなのか茉里奈には分からなかった。

 豪放磊落、竹を割ったような性格の兄――圭が大学進学を機に家を出たのも原因の一つかもしれない。しかし、それ以外にも理由があるように茉里奈には思えた。

 俯き加減でそんなことを考えながら茉里奈が学校への道をしばらく歩いていると、前方から声が聞こえて来た。

「茉里奈せんぱーい。おはようございまーす」

 快活な明るい挨拶に茉里奈が顔を上げると、見知った二人の少女がこちらに目を向けていた。

 それは茉里奈の友人の天音千絵とその妹の百合だ。

 姉の千絵は茉里奈と同じクラスの高校二年生だった。長身で切れ長の瞳がどこか冷たい印象を与えている。付き合ってみればそんなことはないのだが、初対面の人間は大体彼女のことを近づき辛い人物と評価する。彼女は高校一年の冬ごろに腰まであった長い黒髪をばっさりと切り、以来、肩の上あたりで髪を揃えていた。そのときは周りの誰もが驚いたが、今ではすっかり彼女の雰囲気に馴染んでいた。

 一方、妹の百合は千絵とは対照的に幼い顔立ちをしていた。彼女は今年、中学三年生で来年は茉里奈たちと同じ高校を受験する予定だ。以前は体が弱く、ずっと入院をしていたようだったが、半年ほど前に行った手術が成功し、今ではこうして普通に学校に通えるようになっていた。人目を憚らず大きく手を振る姿はまだまだ子供といった様子で見ているこちらも不思議と笑顔にさせられる。

 茉里奈は道の途中で待っている天音姉妹の元へ駆け足で向かった。

「おはよう、千絵、百合ちゃん」

「おはようー」眠そうに千絵が答える。

「あら、千絵? 今日は一段と眠そうじゃない」

 茉里奈がそう言うと、千絵が目を擦りながら答える。

「別に……、いつもどおりよ」

千絵の返事を聞いて、百合が肩を竦める。

「聞いて下さいよ、茉里奈先輩。お姉ちゃん、今日もまた寝坊して遅刻するところだったんですよ」

「また?」茉里奈が呆れたように千絵を見る。

「仕方ないでしょ。私、夜型の人間なんだから。……ほんと、朝なんて来なければいいのに」覇気のない声で千絵が言った。

「そんなこと言う前に、もっと早く寝る癖を付ければいいのに」

 妹の正論が耳に痛いのか、千絵はばつが悪そうにそっぽを向く。

「百合ちゃんも大変ね」心底、同情して茉里奈は言った。

「そうなんですよ」自身の不遇を訴えるようにして百合が身を乗り出す。「お姉ちゃん、私が起こさなかったら、いつまで経っても布団の中にいるんですから」

「千絵、あんまり百合ちゃんに迷惑掛けちゃだめよ」茉里奈は横目に千絵を見て言う。

「分かってるわよ」口を尖らせて千絵が答える。

「ほんとかなあ」百合が疑いの目を向ける。

「ほんと、ほんと。それより二人とも、早く行かないと遅刻しちゃうわよ」

「それをあんたが言うか」茉里奈はそう呟くと、腕時計を確認する。「あ、でも本当ね。モタモタしてたら遅刻しちゃうわ」

「でしょ」

 針のむしろだった千絵はこれ幸いにと言わんばかりに先を歩き出す。茉里奈と百合は顔を合わすと、やれやれと苦笑しながら千絵の後を追った。

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