コントライト
俺は谷中牧場の谷中だ………俺は、牧場主義と資金をある程度集め紋別地区で、中古の牧場を買おうとしたら不動産屋に行く途中、不思議な建物が現れたので読んで見れば異世界で、牧場経営が出来るらしい……しかもある程度の馬を連れ来れば、補助金付きで牧場の土地を提供してくれるらしい。
俺は迷わずその建物に入り、手続きと引っ越しに今の財産で買える此方の花や果樹、作物の種や苗を買って持って来て欲しいらしい、後で買い取るからと言われ半信半疑でリンゴやみかん等、やや奮発した苗木と俺が目利きした牝馬四頭を連れ、前とは違うドーム型の倉庫の様な場所に行き、苗木は純金らしき金貨に変わり馬達は更に奥の部屋に行き、不思議な機器の検疫してから不思議な液体を飲ませられたが何故か、馬達は着いた時より元気に成ったのだが、何かの怪しい薬かと疑ったが他の世界の奴の馬も、同じく液体を飲んでたが………外国人、俺達からすれば白人なんだが彼等の言葉が何故か、日ノ本語に聞こえる。
しかも『素晴らしいポーションだ!』とか、『異世界のポーションは性能がグレート!』とか、液体はポーションと言われる物らしい、他にも『回復薬を馬に与える発想』とか『人間にも使えますか?』とか、俺には分からない知識がこの場所には溢れてるが、それ以前に大和魂が俺の魂に火を付けた、ライバル達の中には俺と変わらないヤツも居るし、馬を持ち込まなくても現地にはサラブレッドが居るらしい、アレ? そんな説明されたけな?
だが俺は牝馬しか持ち込んで無いが、種馬は師匠に叩き込まれた目利きで選んでから、最高のサラブレッドを排出して見せるぜ、無名の種馬でもな。
俺は何ヵ所か在る大陸の牧場候補地の、ブランデー………酒の名前だよな………変な所だが、調教師達が住む場所より更に西の場所、それなりに離れた場所で誰も牧場を作って無かったから、雅士てこの大陸の代表者にしてオレ達を異世界に受け入れた兄ちゃんは、沢山肉体を分裂して俺の要望の育成施設、馬房に必要な従業員の当直室等を建ててくれたり、広い放牧場やコース等を整備してくれた。
俺は一旦戻り木ノ本に未練が無い、従業員と従業員の家族や俺の親戚を連れ戻り、その戻ったついでに師匠に挨拶をしたが拳骨が頭に落ちた、まあ信じられないのも仕方がない俺も同じ立場なら、師匠と同じく拳骨が飛んでただろうな………師匠の拳骨は、親父の拳骨よりキツイぜ………本当………痛みがまだ残ってらぁー。 新たな異世界で俺達は歩き出す…………最高のサラブレッドに出会い、そして一発当ててやると意気込んだ。
競馬元年には間には間に合わない、俺達はライバルの馬の活躍に悔しいが胸がワクワクした、夏の二歳には間に合い初年度産駒は重賞を勝てる馬を輩出出来た、そして試行錯誤をしながら運命の年が来た………そして二月、義経……まあツネが産まれた年………後にコントライトと、競走馬に登録した馬が産まれた日だが、この日は夜に雷鳴が光り出産も大変だった、そしてツネが産まれた………雷鳴と雷の光にも臆せず、まるで軍神の様な馬だと思った………雷の光に輝く馬体………まあ、出産時の水なんだが………
だがその時、俺には神秘的な馬が産まれたと確信した、コイツならデカイ事をしてくれると確信した、根拠は無いがそう直感とコイツの雰囲気でそう思った。
このツネの父は無名の現地馬だが、エクリプスて種らしいが元年に走ってる馬は、現地の馬だけらしく俺の知るレースより過酷な馬場だが、スピードもスタミナも瞬発力も高いポテンシャルを持ってる、初年度から重賞を勝ててるのはこの血統の自力の底力だろう、だが極端にスピード型やスタミナ型にバランス型に分かれる、家の牝馬達は安く買った馬だがいい馬と配合すれば、結果はだしてくれると思ってたが………GⅠは届かないが、最高でもGⅡまで勝てる馬までは輩出出来てる、まあ殆んど南の競馬場で開催されてるGⅠに直結しない、賞金を加算するだけの重賞だけだ………大舞台には出れてるが、掲示板には四着止まり…………大舞台の勝ちには遠い。
乳離れしたツネをサラブレッドの、基礎調教を始めるが………ツネは賢く今までの人生で、希に見る賢い競走馬に成る予感がこの時から、能力でも俺はツネの片鱗を垣間見た。 放牧では他の馬の後ろを走り、たまに馬群の中をこじ開けて進む負けん気も出し、年齢が上の馬にも怯まずに走って居た。
そしてこの時とある調教師が、俺の牧場に視察に来てたのだが、後にコントライトを預ける事に成る野平調教師だ、俺の世界ではない異世界から来た、ミスターケイバの神らしい……何かのアダ名なのだろうか?
そして俺はトラック調教や、坂路調教を翌年の身体が出来上がって来てから開始、温泉で筋肉の疲れと脚部のケアーは丁寧にし、たまに何処かで見た事ある青年がツネを見にたまに来る、後に知ったがこの青年が後にツネの主戦、岡田豊騎手と知るが彼の馬の力を引き出すテクニックは、流石だと思った程だがたまにあの変わり者騎手の、小島騎手も見に来てたが何故かその奥に居る、ヨシナカ………ヨシの調教も見てたな………後に、サクラの冠名で有名な馬主が買って行き、小島騎手が主戦で乗ることに成ったが、牝馬路線で此方は戦う事に成るが、後に海外遠征にも行く事に成った………俺は同行しなかったが。
そして二歳春、ツネの全弟馬に同じ風格は無いがツネは、恐れる事なく、無人馬運車に乗り込みブランデー競馬場近くの、野平厩舎に向かって行った………コントライトと名を登録して。
デビュー戦は遅く十一月の第一週の土曜日、ブランデー競馬場の外回りAコースだ、1800mのデビュー戦のレースは人気は、岡田豊騎手が乗っても五番人気だった………上位は荒川牧場産駒、そしてツネ………いやコントライトは素晴らしい馬に成った、スタートは平凡だったが第四コーナーを回ってからが、コントライトの独壇場だった……………
「第4コーナーを回って直線に入ります、逃げるは一番人気ヴィームシールド………二馬身のリード、ですが外から白い馬体が物凄い脚で上がってくる…………これは凄い、後方から異次元の脚で一気に先頭を捉えた、残り200m…………突き放す……これは凄いアッと言う間に、他馬をちぎりその差は8馬身………いや10馬身と拡げてゴールイン、圧倒的な末脚で勝ちましたコントライト………二着にはヴィームシールドです、これは凄い逸材の登場です」
俺は夢でも見てる気分だった、それ程の衝撃がコントライトには有った、だがそれは騎乗してた岡田騎乗もだ、鞭を使う事なくいつの間にかゴールインしてたと言う程だ。 野平調教師の薦めで次週は二歳優駿ダービー、二歳王者決定戦に成った。 そして年末は家の悲願が達成した、サクラエリアルが二歳オークスに勝利、生産者お立ち台は緊張し過ぎてズッコケそうに成りながら、何とか立てた…………人生最初の記念すべき日にやらかした。
翌週二歳優駿ダービー、二歳ダービーは一番人気には成らなかったが、四番番人気に推されてたので素直に嬉しいが当の本人は、何時も通りで緊張感が感じれない………緊張されても困るが、そして一番人気はグラストワンダーだ………セイルーンて国の馬らしい、鞍上はボルレーロ騎手、数分前まで一番人気のライムカイザーが、何時の間にか二番人気に成ってた。
そしてスタートしたがやはり何時も通り、後方からゆっくり全体を見て走ってる感じだ、そしてコントライトが自分から勝負と感じ動いたのは、第三コーナーに入ってから直ぐに動き後に、岡田騎手もあの勝負感には脱帽したと言わせたコントライトのスパート、それは圧巻と言えよう。
「第三コーナーに入りました、後方からコントライトの脚色が良い、少々早い気がしますがコントライトが上がって来ます、それを横目にグラストワンダーも仕掛けます、第四コーナーを回り直線に向きます………先頭は、モッチモチですが捉えるコントライト、何と鮮やかにモッチモチを抜き去りまだ200メートル前で先頭です。
更に突き放すコントライト! 此は強い、グラストワンダー追いすがるが差は広がる一方、八馬身………十馬身………此は圧勝のゴーォールイン、凄いレースです………他馬を寄せ付けずに圧勝です、まるで名刀の刀の一振の様な切れ味の末脚です………」
二着にはグラストワンダーとライムカイザーが同着大差て入着、こうして俺の牧場はこの日お祭り騒ぎだった、二つも異世界に来てGⅠ勝利を、早いと言われれば早いが異世界から新規参入では、荒川牧場には勝てない………三冠馬は出てないがコンスタントに、GⅠを勝ってる牧場だからな。
コントライトはレース後に放牧に帰って来た、奮発して高いリンゴやニンジンをたらふく食べさせて、身体のケアーと温泉で疲労回復にダメージケアーもし、翌年の二月に厩舎に戻りゆっくりと調教を再開した。 ライバルのライムカイザーはトライアルから始動し、そして四月皐月賞は圧巻を越える、更に貫禄を出すコントライトに勝てる馬は居なかった…………
「第四コーナーを回って直線に向きます、先頭は早くもコントライト、コントライトです……今日は岡田騎手は手綱を握ったまま、軽々と坂を駆け上がり圧勝です………まだ二着が来ません圧勝です、更に強く成って来ましたコントライト! 此は三冠に期待が集まります、ライムカイザーは三着…………」
コントライトは疲れもなく、平然と表彰式を退屈そうにしてたのが印象的だ、だがブランデーダービーは更に凄かった。
「…………直線残り500メートル、此処が勝負処です………先頭はヴィームシールド、逃げながら更に二番手を突き放しますが白い馬体の王者がゆっくりと、外ラチによれながら進出…………大丈夫か? それでは先頭は、まだヴィームシールドです四馬身のリードですが、大外から唖然と追い込んで来るコントライト、外の深い芝も何のそのハンデにも為らずに一気に先頭、場内が異様な熱気です………先頭はコントライト………コントライト、強い…………この馬を止める馬は居るのか? 先頭は、コントライトぉっー!! 鮮やかにゴールぅー!! またもや大差で勝ちました」
二着にグラストワンダーではなく、サクラクエストリーがいつの間にか来てた、三着にまたもライムカイザーが入り、このレース後ライムカイザーは他の路線に向かった、そしてダービーシリーズの三冠ダービー馬に成ったコントライトは菊花賞も、ブランデーCも勝ち無敗の四冠に成った、年内最後のレースブランデー時計塔記念は、グリーングラウスと一騎打ちの末の三馬身差で勝った、歴史に残る名勝負に成った、そしてブランデーダービーから菊花賞まで、コントライトの二着だったサクラクエストリーは、グリーングラウス次に入着、グラストワンダーは翌年は遠征に来なく成った、そしてコントライトは初代三冠帝王と呼ばれた、そして密かにライムカイザーが、ステイヤーGⅠ部門とハンデ戦GⅠシリーズの代表に選ばれてた、グリーングラウスやコントライトが選ばないレースを使ってたみたいだ。
翌年はグリーングラウスに、クビ差の名勝負やサクラクエストリーが本格化し、グリーングラウスとサクラクエストリーと、激戦を演じたが負ける事無く四歳を終えた。 偉業を達成したコントライトは、翌年は引退したグリーングラウスの代わりに、サクラクエストリーと荒川牧場のエース四歳馬エースホークと激突、だがエースホークはサクラクエストリーの影も踏めずに惨敗、更に過熱するコントライトとサクラクエストリー、コントライトの居ないレースはサクラクエストリーが、コントライトが居なければ二冠は取れてたとファンを泣かせる。
秋も激戦を演じ、コントライトのハナ差まで追い付いたサクラクエストリー、だがコントライト引退レースのブランデー時計塔記念、そのハナ差が一生抜けないままに成った…………
コントライトは古馬春三冠と、古馬秋三冠連覇を達成し引退し、翌年からサクラクエストリーが七歳の引退まで無敗の記録を打ち出した。 コントライトは家で種付け馬として、種付け料クラウス白金貨一枚から限定30頭を開始した、同じく引退した翌年にコントライトの全弟がデビュー、前の全弟は重賞止まりだったが今回は、コントライト程ではないがGⅠを勝ってコントライトの、後継者として走ったラストールス。
コントライトの母はラストールスが最後の産駒、最後らしく良い成績を出して牝馬の役目を終え、ゆっくりと放牧場で草を食んでる。 牝馬の三冠馬に成ったサクラフブキカグラは、海外遠征の経験も生かした配合ではなく、父は違うのでオーナーの意向でコントライトと配合、翌年産まれたのはコントライトの牝馬傑作の一頭、サクラマイフブキ………後に牝馬三冠馬を母子制覇、ブランデー時計塔記念を親子制覇を成し遂げた、次の産駒のサクラクエストリーとの配合の、サクラコンクエスは、皐月賞を取り逃した以外勝ち引退のサクラマイフブキの、姉弟対決をブランデー時計塔記念で演じハナ差で姉に勝つ、サクラの女王サクラマイフブキを破り最強馬に躍り出る。
そしてコントライト最高傑作の牡馬の一頭が、我が牧場から巣だった………ナインポイント………白馬では無いが、母馬の栗毛とたぶん先祖返りの毛並みと、コントライトと同じく馬体で父とは違うが、ナインポイントは逃げ・先行で他馬を圧勝し逃げる栗毛の貴公子として、競馬ファンに愛された。
それにしてもサクラマイフブキが、唯一牡馬に負けたのは一般の女性馬主だった、しかも荒川牧場産駒だが荒川牧場の他の馬も勝てなかったな、あのブルステレインて青毛の馬にまあ一戦負けただけだしな。
続かない………




