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第九話

 一学期が始まってから数週間が経ち、新しく入学した一年生たちもだいぶ落ち着いた頃。

 放課後。

優香の加入により晴れて存続が決まったデジタルイラスト同好会の部室で、上尾さんはイラスト作成に、僕と優香は勉強にそれぞれ励んでいた。

 その時、突然部室のドアが勢いよく開いた。


「優香ちゃん!! 見つけた!!」


 見たことのない、一年生の女子だった。

 ショートボブで丸顔の、小動物のような子だ。


「ま、真里ちゃん?」


 優香は、すぐに誰なのか気づいたようだった。


「優香ちゃーん!」


 真里と呼ばれた一年生の女子は、いきなり部室に突っ込んできて、優香に抱きついた。


「真里ちゃん、久しぶり!」


 優香も、満更でもないという様子で、机から立って、正面からハグをした。ふたりとも背が小さいのだけど、ハグをしているところを比べると真里の方がわずかに大きかった。


「えっと……誰?」


 僕が言うと、二人は体を離して、真里が厳しい目で僕を睨んできた。


「あなたが奥野先輩ですか」

「そ、そうだけど」

「噂は聞きましたよ! か弱くて世間知らずな優香ちゃんを、勉強を教えてあげるっていう甘い約束でたぶらかしてる悪い先輩!」

「真里ちゃん、奥野先輩はそんな悪い人じゃないよ」


 優香が慌てて止めるものの、村上さんは聞く耳を持たない。


「うそ! 優香ちゃんはいい子だから騙されてるんだよ。どうせその人、優香ちゃんと仲良くなって、エッチなことするつもりだよ。なんか目がエロいし」


 なんだこいつ。

 いきなり会って全否定か。初めて優香ちゃんを見かけた時は助けてあげなきゃ、と思ったけど、もしこいつだったら放置してただろうな。

 僕は、村上さんとの決定的な相性の悪さを、すぐに察した。


「ご、ごめんなさい、奥野先輩。真里ちゃんは、優香と小学校からずっと一緒だったお友達なんです。ヘンな噂を信じてるみたいですけど、悪い子じゃないです」

「わたしは、優香ちゃんの露払いの村上真里です! 悪い先輩から優香ちゃんを助けにきました。っていうか、優香ちゃん今までどこにいたの? LINEしても全然反応ないし、中学の時に同じ高校行くから頑張ろうねってちゃんと話してたのに!」

「あ、あはは……携帯が壊れちゃって、電話番号とか変わっちゃった」

「えーっ! それ先に言ってよ! 毎日、学校中探しても見つからなかったもん。まさかわたしの事避けてるのかと思ってた!」

「そ、それはないよ。校舎が別だから会わなかっただけだと思うよ」


 うちの高校は校舎の構造上、一学年の半分ずつ第一校舎、第二校舎に割り振られる。渡り廊下でつながってはいるが、校舎が違うクラスの友人とは、普段なかなか会わない。


「とにかく、こんな怪しい先輩と一緒にいたらダメ!」

「えー、でも優香がこの部活やめたら、人数不足でなくなっちゃうんだよ」

「知らない! 部活より優香ちゃんの体のほうが大事だよ!」

「……さっきから、ごちゃごちゃうるさいな」


 一番奥で静かにイラストを書いていた上尾さんが、殺気を放ちながら立ち上がった。


「ここはデジタルイラスト研究会の部室。部外者の人は帰って」

「ひんっ!」


 あまりに怖かったので、村上さんは怯んだ。僕もちょっと引いた。


「言っとくけど、せっかく入部してくれた優香ちゃんを手放すつもりはないから。あんたの命令で優香ちゃんが動く義理なんかないわよね?」

「は、はい」


 上尾さんがじりじりと近づき、村上さんは後ずさり。


「で、でも、やっぱりわたし優香ちゃんのことが心配だなあ。一人にはさせられないです」

「そんなに心配なの?」


 僕が聞くと、村上さんは胸を張って堪えた。


「優香ちゃん、可愛いし、おっぱいも大きいし、中学の時から男子に大人気なんです! でもこんなか弱い優香ちゃんが悪い男子につかまってめちゃくちゃにされたら可愛そうだから、わたしが中学の時からずっと優香ちゃんの近くにいて、露払いしてるんです!」

「ほーん」


 確かに、優香のフランス人形みたいなかわいさを考えると、引き寄せられる男子は多いだろう。世間知らずなところもある優香には、一人くらい露払い役がいた方がいいかもしれない。男子の僕は、それをやろうにも限界があるし。


「じゃあ、入部する?」


 僕は、机の上にあったあまりの入部届を村上さんに差し出した。


「え?」

「掛け持ちとかでもいいよ。今のところ同好会の最低人数三人は満たしているけど、人数少ないと色々言われがちだし、多い方がいいんだよね」

「わたし、パソコンで絵とか書いたことないんですけど」

「別に大丈夫だよ。僕もほとんどないし。上尾さんの簡単なアシスタントができればいいよ。それも教えてあげるから」

「じゃあ入部します!」


 即答だった。


「えっ? 真里ちゃん、バド部はどうするの?」

「最初から入ってないよ!」

「ええっ? バド部に入るためにこの高校来たんじゃなかったの?」

「どうせバドミントンなんかやっても役に立たないし、普通に勉強してる方がマシだよ」


 うちの高校のバドミントン部が強豪だというのは、僕も聞いたことがある。ここから遠い彩沢中のエリアからわざわざ来る理由としては十分だ。

 優香が驚く理由も、よくわかった。


「久しぶりに会ったんでしょ? 今日はこれ持って帰って、優香ちゃんと一緒に帰れば?」


 勉強を続けるという空気ではなくなり、僕は入部届を村上さんに押し付けて、そう言った。


「そうですね! 優香ちゃん、一緒に帰ろ! ずっとお話したかったんだよ!」

「えっ、う、うん、そうだね、一緒に帰ろっか」


 優香の顔が引きつっていた。でもこれ以上僕が村上さんの相手をするのは疲れそうだし、一度切れたやる気はなかなか戻らないので、二人には帰ってもらう事にした。

 部室を出る直前、優香がこっそり僕に耳打ちした。


「一人暮らしのこと、真里ちゃんには内緒にしてください。お願いです」


 優香にお願いされたら何でも聞いてしまう僕は、「う、うん」とだけ答えて、優香を見送った。

 部室には僕と上尾さんの二人が残った。


「……なんかおかしいよね? あの二人」

「……そうね」


 上尾さんも、僕と同じ違和感を覚えていたらしい。


「バド部のために彩沢中からうちに来るならわかるけど、入ってないらしいし。優香ちゃんの携帯が壊れたっていうのも初耳だ。そもそも壊れたって電話番号やLINEのアカウントは一緒のはずなのに。校舎が違うとはいえ、何週間も見つけられなかったのも変だ」

「優香ちゃん、あの子を避けてたのかもね」

「だよね。まあ、仲が悪いようには見えなかったし、真里っていう子が言うこともわかるけど。あんなにかわいい子には虫がつくもんね」

「あんたの事じゃない」

「僕は勉強を教えてるだけです」

「あっそう。あの子入部したら、パソコンの使い方とか全部あんたが教えてね」

「えー」

「あんたの提案なんだから」


 あまり社交的ではない上尾さんは、デジタルイラスト研究会に相性の悪い存在が入ってくることをよく思わないだろう。そこは僕がフォローしないといけないな、とは思う。

 ただ、村上さんは今のところ、優香の中学時代について知っている唯一の人物でもある。うまく村上さんに取り入って、優香のことを深く知ることができれば、僕はそれでよかった。

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