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第二十一話

 一学期の中間テストが終わり、答案が返却される日。

 この日から部活も再開され、優香、村上さんも含めて部室に集まった。

 僕は、これまでの勉強会で見ていた感じから、優香のことは全然心配していなかった。

 案の定、先に部室へ着いていた優香は、村上さんと笑顔で話していた。赤点を取っていたら、こんな笑顔にはならないだろう。


「優香ちゃん、テストどうだった?」

「えへへ……実は……」


 優香は、僕に答案を見せてくれた。

 すべての科目で、八十点を超えていた。


「えっ、すごいじゃん! 赤点取ったらどうしよう、とか言ってたのが嘘みたい」

「先輩のおかげですっ」


 赤点は万が一にもないだろうと思っていたが、八割超えとは思わなかった。僕とも会わず追い込みをかけていた直前の一週間で、相当進歩したのだろう。


「わたし、優香ちゃんに負けちゃいました~。優香ちゃんがこんなに頭いいと思わなかったよ。その才能、今まで隠してたの?」


 村上さんも答案を見せてきた。六割程度。まあ、平均的な成績か。


「そんなことないよ。先輩のおかげです」

「いやいや、努力したのは優香ちゃんだから。僕なんか、ちょっと雑談しただけだよ」

「そのちょっとが大事なんです……そういえば、上尾さんが珍しくいないのですが、先輩なにか聞いてますか?」

「ああ、あいつはテストの後しばらく部活来なくなるから」


 おそらく、赤点を取って補講に呼び出されているのだろう。上尾さんは、全然勉強してない、とか言って本当は勉強してるタイプとは違う。本当に勉強しない。この前言っていたことは嘘ではなかったのだ。その堂々とした赤点スタンスにはある意味、畏敬の念を覚える。僕ですらテスト前になったらびびって多少勉強するのに。


「そう、なんですか? どうしてですか」

「そういうお年頃なんだよ」

「うーん、意味がわからないです……」


 村上さんが隣で苦笑いしている。おそらく村上さんは赤点を取ったらどうなるか、知っているのだろう。

 この日はテスト開けの疲労感もあり、点数を教えあっただけで解散となった。


** *


週末。

優香から、赤点を取らなかったお礼にいい料理を作ると予告され、僕はとりあえずその更衣に甘えることにした。

そのいい料理とは、ビーフカレーだった。カレーといっても、市販のルーを使わず香辛料を合わせて作った、本格的な洋風カレー。ホテルのレストランとかで出てきそうなやつだ。

優香は朝九時から僕の家に来て、十二時ごろに完成した。なんでそんなにいい香辛料持ってるんだろう。明らかに自炊のレベルを超えている。

 もはや「うまい」以外の褒め言葉が見つからず「とてもおいしい」「上品な味」「マイルドな辛さ」など知っている言葉を総動員して、褒めちぎった。

 さて、食後。

 ここからが、僕にとって勝負の時間になる。

 後片付けを終え、二人でリビングのソファに座った時、僕から話し始めた。


「優香ちゃん」

「はいっ」


 優香は二人分の料理から洗い物という重労働をこなしたにもかかわらず、僕がおいしい、と言ったのが嬉しいらしく、にこにこしていた。天使か。いや神か。僕だったら疲れて即寝るところだ。


「あのさ、中間テスト、すごくいい点だったじゃん?」

「はいっ。全部、先輩のおかげですっ」

「別に、僕がいなくても優香ちゃんは一人で勉強できると思うんだよね」

「はいっ……えっ?」

「五割か六割くらいかな、って思ってたんだけど。八割も取るとは思ってなかった。八割取るには、自分で努力を積み重ねないと絶対無理だ」

「自分でもお勉強はしましたけど……先輩に教えてもらわないと、無理だったと思います」

「最初は教えたけど、中学の内容の復習も終わったし、もう僕のサポートはいらないと思う」

「えっ……優香、まだ不安です……」


 急に暗雲が立ち込めたかのように、しゅん、と肩を落とす優香。


「だからさ、これからは優香ちゃんが一人で勉強すればいいから、僕へのお礼にご飯とか、作る必要はもうないから」

「そ、そんな! ご飯ならいくらでも作るので、優香に勉強教えてください!」

「ううん。それは無理」

「ど、どうして……?」

「勉強のお礼にご飯を作る、っていうのは、もうなしにしたいんだよ。今までの関係は、今日のビーフカレーをもって全部、貸し借りなし!」

「そん、な……」


 優香の涙腺は、いまにも崩壊しそうだった。

 やばい。優香をがっかりさせるのが目的ではない。

 ここは決心して、早く優香に、僕の気持ちを伝えないと。


「その代わりにね、僕から一つお願いがあるんだ」

「先輩からお願い……?」

「僕と……ちゅ、付き合って、くれないかな?」


 やべ、噛んだ。

 機能、百回くらい言う練習したのに。優香が目の前にいると、どうやっても緊張してしまう。


「え……?」


 優香は、全く予想していなかったらしく、固まってしまった。

 あー、やっぱダメなのか? 勉強とご飯、という関係だけで、そういう目では見られてなかったパターンか。覚悟はしてたけど。あとで上尾さんに文句言うか……


「ふぇ……? ふぇぇぇぇぇ……?」


 すると突然、優香は吹き出した炭酸飲料のように、わたわたと慌てはじめた。


「えええええっ!?」


 立ち上がり、リビングを一周走り回って、キッチンの影へ隠れてしまった。


「ゆ、優香ちゃん!」


 隠れたつもりだろうが、キッチンの裏にいるので、追いかければすぐに見つかった。優香はキッチンの一番奥で、両膝をかかえ、うずくまっていた。


「ご、ごめんね、優香ちゃんは僕のこと、そういう関係だとか全然思ってなかったんだよね? 怖がらせてごめん! 優香ちゃんが嫌なら、今の話は忘れてくれていいから!」

「ち、違いますっ、むしろ絶対忘れないですっ」


 ぱっ、と顔をあげた優香の顔には、小さな涙の筋が流れていた。


「びっくりしたんです……先輩は……先輩は、優香のこと、きっとただの後輩か妹みたいなものだと思ってて、そういう関係には絶対なれないと思ってたので……」


 確かに、出会った時から、先輩後輩といいつつ、可愛い優香のことを妹のように、無条件でお世話しなければいけない存在だと思っていた。そういう節はあった。

 しかし優香とは何の血縁関係もないわけで、異性間で対価なくお世話してあげたいという気持ちがなぜ発生するのか、冷静に考えたら一つしかなかった。

 結局のところ、僕は優香が好きなのだ。

 出会った時から、ずっと。


「うん……びっくりさせてごめん……やっぱ、そう思ってたんだね。じゃあ、僕とは付き合いたくないか」

「そんなこと言ってないです! 優香も! 本当は先輩とお付き合いしたかったんです!」

「え」


 今度は、僕が驚く番だった。


「えええええ?」

「優香も……きっと、学校が始まる前、熱が出ていた優香を看病してくれた時から……先輩のこと、ずっと好きでした。でも優香は勉強ができないので、頭のいい先輩とは絶対、釣り合わないと思って……ずっとお勉強、頑張ってたんです。赤点取らないだけじゃダメで、すごく頭が良くならないといけない、って思ってたんです」


 だから、全教科で八割以上取るほどの猛勉強をしてたのか。

 それなら納得がいく……いや、にわかには信じがたいな。僕のために、誰かが頑張って何かをしていた、というのは。今まで、そんな経験が一度もない。

 しかし、優香が嘘をついているとは思えない。


「じゃあ……今日から、付き合う、ってことでいい?」

「……はい。よろしく、お願い、します」


 まだ出会って二ヶ月しか経っていないというのに、これまでの人生でいちばん照れくさいやり取りをして。

 僕たちは、彼氏と彼女の関係になった。

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